思わずじっと見つめてしまう先で、相手も不思議そうにこちらを見返してくる。
「どうかしましたか?」
口を開いたのは相手が先だった。
「あー……っと、なんだろな。何かイマイチしっくり来てないっていうか、お前のことが良くわからない?」
考えるより先になんとなくで言葉は口から零れ落ちていて、まぁわかる必要もないんだけどと思考が後追いしてくる。
「知る必要、ありませんよね」
そしてまんまとそれを相手から告げられてしまったから苦笑するしかない。
「まぁそうなんだけど、なんか気になるんだよ」
あいつの弟だからかなと続けたら、酷く嫌そうに顔をしかめられてしまった。確かに失言だったかもしれない。兄であり恋人である男の元カレに、お前が気になるなんて言われて、心穏やかでいられるはずがないのはわかる。
「あーじゃあ、さっきの男とどんな話したかったの。俺で代わりになりそうな事なら、追い払っちゃったの俺だし相談乗るけど?」
結構ですとすぐさま跳ね除けられるかと思いきや、随分と長いこと逡巡した後で、この辺に知り合いは多いですかと聞かれた。
「この辺にってことは、つまりゲイの知り合いが居るかって事?」
「そう、です」
「そりゃまぁそれなりに?」
「じゃあ俺みたいに大柄な男でも抱けるって言う、セックス上手い人、紹介して下さい」
「はいぃ?」
思わず語尾が盛大に上がってしまった。
「さすがに兄と関係してたあなたにお願いするのは癪なので」
「ねえちょっと待って。つまり、抱かれてみたいってこと? なんで?」
「なんで、って……好奇心、みたいなもんです」
気持ちが落ち着かず若干焦り気味のこちらと対象的に、随分とそっけない言い方は、どこまで本気で言っているのかわかりにくい。そしてその素っ気なさに、自分ばかり焦っているのがなんだかバカらしくなる。
気持ちを落ち着けるために、一度深く息を吐いてから口を開いた。
「好奇心ってお前、そんなので他の男と経験する必要ある? というかあいつはお前のこの行動知ってんの? また無断で行動してんのか?」
「あいつって、また兄ですか」
いささかうんざり気味に言われたが、どう考えたって無関係じゃないだろう。
「そりゃそうだよ。あいつ俺相手にはずっとネコだったし、そっちがいいみたいだけど、確かタチ経験ゼロじゃなかったはずだぞ。どうしても抱かれる側も経験してみたいって頼んだら、他の男に抱かれて来いなんて言わずに、お前を抱くと思うんだけど」
「だから兄は関係ないって言ってるじゃないですか。というかそもそも兄弟でセックスとか考えたくないし、たとえ出来たとしてもそれって浮気ですよね。そんな真似させられませんよ」
「はぁあああ!?」
またしても盛大に語尾を上げてしまっただけでなく、そこそこの声量で吐き出してしまったものだから、近くの席に座る客が訝しげにこちらを窺うのがわかって恥ずかしい。
「ちょっ、どういうことだ」
さすがに声を潜めて、代わりに声が届くようにと身を乗り出して問いかける。
「どういうことって、どういうことですか」
釣られたように少しばかり身を乗り出す相手の顔も随分と訝しげだった。
「あいつの本命ってお前じゃないの?」
「はぁ?」
今度は相手の吐き出す声の語尾が上がる。
「クライミング得意で、近すぎる存在だから告白なんて一切考えられない相手って、聞いてたんだけど」
「……ああ、そういう事」
言えばやっと納得いった様子で頷かれて、次には俺じゃないですよとあっさり返されてしまった。
「俺らの幼馴染で、兄にとっては親友で、俺にとっては師匠みたいな人です。親友で、今はちゃんと恋人ですよ」
幸せそうにしてるんでご心配なくと続いて気が抜ける。
「あー……なるほど。幼馴染で、親友、ね。俺はてっきりお前が恋敵だと思ってたわ」
あの時は色々意地悪してゴメンなと言えば、何をされたか思い出させてしまったのか、すっと視線を逸らされた。
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