紹介した側からダメだったという連絡を受けたのは、紹介してから半月を少し越えた辺りで、随分と早い結論だなと驚いた。
本当に行くかはわからないがこちらを訪れるように言ったという相手に礼を言って、出かける予定を取りやめて自宅待機していた土曜の夕方、やってきた男は怒気を孕んだ無表情のまま、抱いて貰えなかったので別の人を紹介して下さいと、淡々とした声で告げる。玄関を開けて顔を合わせた直後のセリフだった。
「向こうからも電話は貰った。とりあえず中入って」
苦笑しつつ促せば黙って中へ入ってくる。そのままリビングへいざない、テレビに向かって置かれた二人がけのソファへ座らせた。前回は向かい合って話が出来るようにとダイニングテーブルの方へ案内したが、今回はもっと近くで話をしようと思ってそうした。
下心はある。自覚している。怒気を振りまいているこの男を抱きしめてやりたい衝動を、どうにか抑えている状態だった。
一旦キッチンに引っ込み、コーヒーを用意しながらどうしようかと考える。振りまく怒気は本当に怒っているというよりも、多分自己防衛で、必死に傷だらけの心を隠しているだけだ。
その傷を暴いて触れて慰めたいのは完全にこちらの性癖で、きっと相手はそんなことを欠片も望んでいないのに。
「それで、一応聞くけど、次はどんな人を紹介して欲しいの?」
コーヒーをソファ前のローテーブルに置きながら尋ね、そのまま隣に腰掛ける。体をやや相手へ向けて、少しだけ前屈みに相手の顔を覗き込めば、嫌がるように視線が逸れた。
「俺を、最後まで抱ける人なら誰でもいいです」
視線を合わせないまま吐き出される声はぶっきらぼうで、色々なものを諦めてしまったような気配が漂っている。
「なにをそんなに焦って急ぐの? 抱かれる事で何が変わると思ってるの?」
「何が、変わるか……?」
「抱かれたら何かが変わると思ってるから、もしくは何かを得られると思っているから、無理矢理にでも試したいんじゃないの?」
暫く黙った後、彼は無言のまま首を振った。
「わからないのと、俺には言いたくないの、どっち?」
「どっちも、です」
「そっか」
重い空気に、次の言葉を探して迷う。気をつけていなければ、きっと自分の欲求から相手に踏み込みすぎてしまう。結果、傷ついた心を更に荒らしてしまうような事になりかねない。
「あの……」
「うん、何?」
「俺みたいなの抱けるって人、紹介するの無理なら自分で探すんでもういいです。紹介してくれたあの人に、もっと適任が居るから紹介して貰えって言われて来てみたけど、でもやっぱり最初から、あなたに頼ったのが間違いでした」
「それは待って。というか何が何でも今すぐ抱かれたいって、その気持ちは変えられないの?」
「変えられない、です」
「心も、体も、求めてない相手と関係持って後悔する奴って、すごく沢山いるんだよ? しかもお前は初めてをそんな相手で済まそうとしてる」
「そう、ですね」
苦々しげに吐き出す声から、自覚はあるらしいと思った。自覚があるのに、それでもなお気持ちが変えられないほどに追い詰められている、という事なんだろう。
「紹介するのは、お前を抱ける男なら本当に誰でもいいの?」
「はい」
「もしその人に抱いて貰えたら、次にセックスするのはちゃんと心も体も求めてる相手を見つけられた時にって約束できる?」
その約束の意図がわからないようで、ずっと僅かに逸れていた視線がやっとこちらを見据えた。だから大事な約束だよと念を押し、更に言葉を続ける。
「一回どうでもいい相手に抱かれたら、気持ちの上で変わっちゃう事ってのは本当にあるんだよ。特に上手い人とやって善い思いなんかしちゃったら、体が気持ち良くなれる相手となら誰でも平気になっちゃう事が多いよね。それを狙って意図的に抱かれる奴なんてのは稀で、だいたい後になってから気付いて後悔するの。若い子なんて特にそう。お前には自分の魅力なんてまだ全く自覚ないと思うけど、もしお前がセックスするだけの相手を求めたとしたら、お前はビックリするくらいモテまくると思うよ。でもその誘惑に乗って相手とっかえひっかえしてセックスだけ楽しむような生活、めちゃくちゃリスク高いんだからな」
だから誰でもいいから抱いてって思ってるうちは抱かないだろうって人を紹介したのに、まさかこんなに早く、しかもこういう形で戻されてくるとは思わなかった。
「心も体も求める相手が、自分を好きになってくれない事なんて多いのに、そんな約束させるんですか? あなた自身、別の相手を想い続ける兄を恋人にしていたくせに」
咎めるようなキツく鋭い声だった。言われてみれば確かにそうだ。
「ごめん。心も体も求める相手ってのは言い方が悪かった。ちゃんとパートナーになれる相手を探して、その相手とだけセックスするようにしてって話。今でさえ抱いてくれれば誰でもいいなんて言ってるお前には、ホント、心して聞いておいて欲しい話だったからさ」
「相手とっかえひっかえする事のリスクくらい、いちいち言われなくてもわかってますけど」
「リスクわかっててやってるんですーとか言っちゃうのは、本当にはリスクわかってない奴か人生捨て切ったような奴だってのも覚えとけ」
「わかりました。それは覚えておきます」
約束を絶対守りますとまでは言えないですけどと続いた言葉に苦笑する。嘘でも守りますと言わない所が逆に、この子は大丈夫そうかもだなんて思ってしまうが、そうだといいという自分の期待がどこまで入り込んでいるかの判断は難しい。
「せめて軽率に肉体関係持つような事を続けないって事だけでも、約束してもらえない?」
「それくらいなら」
「じゃあ、シャワー浴びておいで。誰でもいいなら、俺でもいいよな?」
驚くだろうというこちらの予想を裏切って、相手はわかりましたと立ち上がった。
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