今日は市の立つ日だ。
いつもより更に1時間ほど早く起床したガイは、まだ日が昇る前の暗い畑へと出掛けて行く。
少しでも新鮮なものを買って欲しい。その気持ちから、野菜類を前日から用意することはしない。
売りに出す予定分をテキパキと収穫し、ガイはそれらを詰めた籠を背負った。ずしりと肩に掛かる重みを思うと、さすがに馬の一頭でも欲しいところだったが、今の所入手できる当てはない。
前に飼っていた馬は、両親の葬儀を行う際に手放してしまった。懐かしんでも戻ってくるわけではなく、ガイは明るくなり始めた空に追われるように、急ぎ足で隣町へと続く道を歩いた。
馴染みの店の前で、挨拶を交わしながら背負った籠を下ろしたガイの服を、誰かがツイと引っ張った。町の入り口で所在無げに立っていたその少年と、ガイはまったくの初対面だ。
一瞬だけ目が合ったが、当然挨拶を交わすこともなく、ガイは市場へと向かった。にも関わらず、どうやらその少年はガイの後を追ってきたらしい。
「どうした? 確か、弟はいなかったよな?」
「知りません。この辺の子やないんですか?」
「さぁなぁ~、今まで見かけたことないなぁ。なぁボウズ、どこから来た?」
ガイから受け取った籠の中身を確認しながら、店の親父が少年に声を掛けたが、少年はきつく口を結んだままで答えようとはしなかった。
肩を竦める店の親父に苦笑を返しながら、受け取った売り上げをすばやく確認する。思っていたより良い値で買って貰えたことに顔を綻ばせながら、ガイは礼を告げてその場を後にした。
必要な物を買い揃えたら、なるべく早く帰宅し、残りの作業をやらなければならない。見知らぬ子供に関わっている時間はない。
「その手、放して貰えんか?」
言葉は通じるようで、服の裾を握っていた手は放された。けれど、歩き出したガイの後を、その少年は凝りもせずについて歩く。
気になってしょうがない。それでも極力無視し続けていたガイが、耐え切れなくなって少年と向き合ったのは、少年の腹がグゥと大きな音を立てた時だった。
「腹、減っとるん?」
少し照れたように両手でお腹を隠した少年は、一瞬の躊躇いの後で頷いてみせる。
「何か買うて、食べたらええんやないの?」
「金は持ってない」
初めて発した声はリンと響き、この近辺出身ではないことを如実にあらわす、綺麗な標準語をしていた。
「ホンマ、どこから来たんや。自分、親は居らんの?」
「知らない。わからない。気付いたら、一人だった」
「名前は?」
「……ビリー、だと、思う」
「思う、てなんや?」
「本当に、よく、覚えてないんだ」
記憶喪失だと告げているようなものなのに、目の前の少年はどこか毅然としている。
良く見れば、汚れてはいるが仕立の良い服を着ている。只者ではなさそうだった。
「ほな、なんでワイの後ついてくるんや? 助けを求めるんやったら、ワイなんかよりよっぽど頼りになりそうな大人がわんさか居るやろ?」
「大人は、信用できないから」
「ワイも、一応成人しとるんやけど?」
「えっ……」
ちょっと年上のお兄さん、程度に思われていたのだろうか。背の低さも、幼さを残す顔も、ガイにとってはコンプレックスを刺激するものだ。
溜息を吐き出したガイに、ビリーと名乗った少年は初めて狼狽えて見せた。
「あ、あの……」
「まぁ、ええよ。子供と間違われるんは慣れとるし。で、どないするん?」
「どうって……?」
「そこらの大人に声掛けるんが嫌なら、ワイが町長さんとこ、連れてったろか?」
やりたいことは山ほど合って、時間はいくらあっても足りないくらいだけれど、自分から声を掛けてしまった手前、それくらいならしてやってもいい。けれどビリーが頷くことはなかった。
「アンタと、一緒に居たい」
「は? 何言うてん?」
「迷惑?」
「当たり前やろ。てか、子供養えるほどの余裕なんて、ウチにはあれへんわ」
「養ってくれとは言わない。俺に出来ることなら、なんでも、する」
「アカン。無理や。付き合うてられへん」
ガイはクルリと背を向けて、町の出口へと向かう。
記憶喪失の子供なんて、抱え込むわけにはいかない。そう思うのに、気になって仕方がないのは、これだけ大勢の人間が行き来する町中から自分を選び、あまつさえ一緒に居たいと言い切った相手に対する興味。
振り返れば、まるでそうすることがわかっていたかのように、真っ直ぐに見つめるビリーの瞳に捕らわれる。
ガイは小さな溜息を一つ吐き出して、少年の名前を呼んだ。
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