せんせい。13話 オマケ

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 朝も早くから、さして広くない一人暮らしの部屋を掃除し、簡単な昼食を用意しながらついでに朝食をすませ、最後にシャワーを浴びた。それでもまだ、時間の余裕は充分にある。
 やることがなくなってしまうと、意識せずには居られない。暫くキッチンと自室の間をウロウロ行ったり来たりしていた雅善は、やがて諦めたように、部屋の中央に置かれたコタツに腰を下ろした。極力意識しないようにと思って、ベッドに背を向ける位置へ座ったのだが、やはり気になって仕方がない。
 寝室を分けられるような部屋数ではない。というより、四畳半程度の小さなキッチンと六畳よりは多少広めの部屋が一つあるだけなのだ。
 それでも、この地に長く暮らす予定ではなかったし、立地条件と家賃を考えれば、一人者の住まいとしてはかなり快適な物件だった。ただ、越してきたこの土地で河東美里と再開することも、ましてや部屋へ呼ぶことになるなんてことも、まるっきり想定していなかっただけだ。
「初恋、やもんな~」
 呟きは思ったよりも大きく響いて、雅善は恥ずかしさに、思わずコタツの上に突っ伏した。目を閉じれば、幼い頃の美里を簡単に思い描くことが出来る。
 昔、雅善の住むマンションに越してきたある家族の一人息子は、大きな目をキラキラさせた元気の良い子供だった。部屋が同じ階の近所だったことや、当時雅善がまだ小学生だったことや、美里の両親が共働きだったこと。他にも色々な要素が絡まって、年の差はあったけれどよく一緒に過ごしていた。
 最初は弟が出来たみたいで嬉しくて、懐かれれば可愛くて。ただそれが、世間一般で言うところの恋心なんじゃないかと思い始めたのは、雅善が中学へ上がった頃だった。
 どうしたって一緒に居られる時間が減って、随分とがっかりしている自分自身の気持ちに気付いた。たまの休みに一緒に遊べば、前と代わらず可愛らしい笑顔を見せてくれたが、それでも、会話の中に出てくる彼の友人達に嫉妬せずにはいられなかった。
 嫉妬して、どうしたらもっと自分を見てくれるだろうかなんてことを考えながら、頭の中では抱きしめたりキスしたり、場合によってはもっと酷いことまで、妄想していた。
 自分の中の欲望に、唖然として、持て余して。そうこうしている内に、美里は家の都合でまた引っ越してしまって、出した手紙に返事はなかった。
 忘れたことはなかったけれど、もう二度と会うこともないだろうと思っていたのは事実だったから、思いがけない再会には、普段信じてなどいない神様に向かって、感謝してしまったほどだ。
 勝気な瞳をキラキラさせていた男の子は、同じ瞳を持つ、カッコイイ男へと成長していた。見上げなければならない程の長身には多少戸惑ってしまったけれど、それでも美里はやはり美里で、昔感じた想いが蘇る。やはりどうしようもなく好きなのだと思った。
 ツラツラと昔へ想いを馳せる雅善の耳に、ドアチャイムの音が響く。ハッと顔を上げた雅善は、緩み掛ける頬をパンッと叩いて引き締め、玄関へと向かう。
 簡単に覗き窓から確認した後でドアを開ければ、心持ち緊張を滲ませた美里がおはようございますと告げた。緊張が伝わってくる。同じように緊張の滲む挨拶を返してから、雅善は美里を部屋の中へと招いた。
「おじゃまします。これ、一応お土産」
 そう言ってコタツの上に置かれたのは、明らかにケーキ屋の箱だった。
「ケーキ?」
「嫌い……じゃないよな、甘いもの。和菓子の方が好きだった気もしたけど、美味しい和菓子屋は知らなくて、さ」
「ああ、まぁ……てか、そんなんよう覚えとるね」
「そりゃあ。よく一緒にオヤツ食べてた仲だし。ガイのことは、出来るだけ色々覚えていたかったし」
 照れたような笑いに、ドキリとする。
「お茶、淹れてくるから、好きに座っとき」
 真っ直ぐに見つめ返すことが出来なくて、雅善は早口でそう告げ、通ってきたばかりのキッチンへ引き返そうとした。その腕を、あっさり美里につかまれる。引かれるままに仕方なく美里と向き合えば、そこには酷く真剣な表情があった。
「ガイが、好きだ」
 ストレートな物言いに、顔が熱くなる。
「子供の頃の憧れみたいな好きとは違う。抱きしめたりキスしたり、それ以上のことだってしたい。だから最初に確かめたいんだ。そういう恋愛感情での好きに、ガイは応えてくれる気でいるのか?」
「そうやなかったら、家に呼んだりせんやろ」
「なら、いいんだ」
 良かった。と言うセリフは、耳のすぐ近くで囁かれた。ただでさえ、抱きしめる腕の温もりに、顔どころか身体中が熱を発して持て余しているのに。
「もしかして、シャワー、浴びて待ってた? 髪が少し湿ってる」
 意味深に問われて、なんと返せば良いのかなんてわからない。事実、そういう事もあるかもと思い、シャワーを浴びたのだけれど、それを本人に向かって言えるような性格ではない。
 第一、部屋にあげてすぐこんな展開が訪れるとも思っておらず、気持ちばかりが焦って行く。
「今すぐ押し倒しても、性急過ぎるって怒ったりしないか?」
「お茶飲む時間も、待てへんの?」
 焦ると却って、抑揚のない口調になるらしい。
「待てないな。だって、半年もの長い時間、好きな人目の前にしたまま、名前もまともに呼び掛けられないような禁欲生活だったんだぜ?」
 今にも頬に唇がくっつきそうな程近くでしゃべり続けるから、くすぐったさと恥ずかしさで身を竦めてしまった。
「ダメ?」
 甘えるような声に、敵わない。
「ダメってわけと、ちゃうけど……」
「好きだよ、ガイ。確かめたいんだ。触っていいだろ?」
「せやから、ダメとは……」
「いいよ。って言って。もしくは、好きだよって返して欲しいんだけど」
「あっ……」
 耳朶を食まれ、口をついて出たのは言葉にならない短い喘ぎ。崩れ掛けた身体は力強い腕に支えられて、膝をつくことにはならなかったけれど、代わりに軽々と抱き上げられて、先ほど意識せずにはいられなかったベッドの上へと下ろされた。
「キスして、いい?」
 見下ろす真剣な瞳に、嫌だなんて言えるはずがない。軽く頷いて、それから。
「ええ、よ」
 嬉しそうに笑う顔が、幼い頃の記憶と被って、可愛いと思った。いくら年下でも、立派に成長した青年に向かって『可愛い』は失礼だろうかとも思ったが、そっと触れる唇に、そんな思考はすぐに霧散していく。
 角度を変えて数回。触れるだけのキスを繰り返した美里は、一旦顔を離す。
「口で言うほどには、性急でもないんやな」
 やっぱり可愛い。そう思ったら、なんだかスッと気が楽になって、思わず笑いが零れ落ちた。
「焦ってヘマしたくはないからな。ガイにも、ちゃんと感じて欲しいし」
「まぁ、いきなり手ぇ縛られて、ムリヤリ剥かれて、感じろってのは無理やろ」
 それでもあの後、身体を引き寄せる腕の強さや距離の近さに嗅ぎ取った匂いを思い出しながら、何度もドキドキしたなんてことは、今後も絶対教えてやらない。
「あれは、俺が悪かったよ。あの時、好きだって言えば良かったんだよな」
「普通に言われたんやったら、昔同様、兄みたいに慕ってくれとるんやって、そう思ったかも知れんけどな」
 だってまさか、都合よく相手も自分を好きになってくれるなんてこと、あるとは思わないだろう。ましてや男同士なわけだし、雅善自身、美里以外の男に対して好きだなんて感情を持ったことがないのに。
 変に誤解して、ぬか喜びはしたくない。慎重にだってなるだろう。だから最初は、自分の気持ちに、美里が知らず引きずられているのではないかとまで思ったほどだ。
 自分でも気付かないうちに、誘ったかも知れないとか。そして美里自身もそれに気付かぬまま、好きだと思い込んだのではないかとか。
 教頭から呼び出され、一生徒と親しくし過ぎているという注意を受けた直後だったから、尚更そんなことばかり考えてしまった。
 美里の告白を信じてみる気になったのは、皮肉なことに、保健室で見てしまった別の男とのキスシーンのおかげだった。嫉妬もしたが、美里がもともと男も恋愛対象に出来るタイプなのだと知れたことは大きい。
「なら、結果オーライってことで」
「ま、そういうことに、しといたろか。で、ホンマにこのまま、する気やの?」
「したい。させてくれるなら。というか、どこまでさせてくれる?」
「どこまで……って」
「ガイの中、感じてもいいのかと思って。でも、正直言うと、男相手は勝手がわからないから、痛い思いさせるかもしれない」
 嫌なら触るだけでいいよ。と続いた言葉は、正直、ほとんど耳に届かなかった。
「は?」
「あ、ゴメン。さすがにそこまでは考えてなかった……か?」
「そこまでって、いや、それはええけど……てか、勝手がわからないて、何?」
「さすがに男抱いた事はない、って意味だけど。ガイが慣れてるってなら悔しいけど、どうしたら男同士でも気持ち良く出来るのか、教えて欲しい」
「慣れとるわけあるか! やなくて。ホンマにないん? モテないてことはないやろ?」
「だから、男とは、だよ。さすがに女の子との経験はある」
「男とキスしとったくせに」
「あれは……ってそう言えば、男とキスしたのはあれが初めてかも知れない」
「うっそ、やろ」
「嘘じゃない。ガイと再会するまで、自分が男相手に欲情できるなんて思いもしなかったんだから」
 衝撃の告白に、雅善は美里をマジマジと見つめてしまう。だとしたら、やはり美里は自分の想いに引きずられてるだけなのかもしれない。なぜなら、再会する前から恋心を抱いていたのは自分だけなのだから。
「ほな、勘違いかもしれへんね」
「勘違い?」
「ワイが、美里を好きて気持ちに、引きずられとるだけかもしれん。元々女の子が恋愛対象やって言うんやったら、わざわざ男選ぶんはアホの極みやで?」
 言いながら、自分自身がそれを地で行っていることに気付いて、苦笑を漏らす。ただ、今までちょっと付き合った程度の女性達と美里では、好きの重みが全然違うから、自分が美里を選んでしまうのは仕方がないのだと雅善は思う。
 見つめる視線の先、美里は困ったように言葉を探している。
 結局ぬか喜びなのか……
 けれどそれは仕方がないだろう。諦めの溜息を吐き出して、雅善はベッドを降りようと腰を浮かした。
「でも俺は、ガイを選ぶよ」
 ハッキリと告げられる言葉と、引き戻す腕。
「後で後悔しても、遅いんやで?」
「後悔なんて、しない」
 苦笑するしかない雅善に、美里はきっぱりと否定する。
「それより、うっかり聞き流した点をいくつか確認したいんだけど?」
「確認?」
「そう、確認。一つ目。ガイはいつから俺を好きだと思ってくれてたわけ?」
「それは……」
「俺は小学生の頃からガイを好きだと思ってたけど、でもそれは憧れに近くて、キスしたいとかって感情に気付いたのは再会した後だ。ただ、中間テストが始まる前には、既に気付いてた。その頃はまだ、だからってどうこうなりたいって程強い気持ちでもなかったけどな」
 小学生だった美里に、既にそういう感情を持っていたなんて、本当は言いたくなかった。けれど真剣な口調に、自分だけ話さないのも卑怯な気がして、雅善は諦めに似た気持ちと共に口を開く。
「昔から、好きやったよ。美里んこと、可愛くて仕方なかった」
「それこそ、弟みたいにってわけじゃなく?」
「最初はそう思っててんけどな。抱きしめたいとかキスしたいとか思ったら、それはもう兄弟への感情とは別もんやろ」
「それは、知らなかったな」
「知らんでええ話やもん」
「じゃあ、二つ目。ガイは男と経験あるのか?」
「それはない。ワイも、女しか知らんよ。美里以外の男相手に、可愛いなんて思った事あれへん」
 美里は雅善と違って驚きはしなかったけれど、幾分ホッとしたように笑って見せた。
「けど、俺に抱かれてもいいと、思ってる? これ、三つ目な」
「ワイが抱きたいんやけど……て言うたら、抱かせるん?」
「えっ?」
 この答えにはさすが驚いたようで、目を見張る美里に、雅善はククッと笑いながら肩を揺らす。
「昔のまんまの美里やったら、抱きたかったかもしれんけどなぁ。この体格差や、ワイが抱かれるんが自然やろ」
「それで、いいのか?」
「まぁ、一度くらいは試して見てもええかなと」
「一度!?」
「そりゃ、やっぱ痛いんは嫌やし。てわけで、ワイに二回目あってもええかなと思わせるよう、頑張ってな」
 複雑な表情を浮かべたまま、美里はできるだけのことはするつもりだと返した後。
「じゃあ、最後。いつからメガネを?」
「そんなん、さっきの会話の中で出てきたか?」
「や、ずっと聞いて見たくて」
「あー……大学三年の時からやな。実験でちょお危ない目に合って、視力少し落としてん。保護用のメガネ使わんで実験しとったワイが悪いんやけどな」
「大丈夫なのか?」
「へーきへーき。同し失敗繰り返さんようメガネしとるだけや。けど、やっぱ似合うてへん?」
「いや、似合ってるしいいと思うけど。ただ、メガネ外した顔も、見たいな~とは思う」
 昔一緒に遊んでいた頃はメガネなんて掛けてなかったからと、強請られるままにメガネを外せば、思っていた通りの反応が返って来た。
「なんか、メガネ外すと昔とほとんど変わらないな」
「童顔やっていいたいん?」
「昔憧れてた年上のお兄さんを押し倒せちゃう自分に乾杯☆ って言いたい所だな」
 その言葉と共に、本当に押し倒されてしまった。
「それ、返事になってへんやん!」
 垂れ下がる前髪に手を伸ばして、一房掴み引き寄せる。
 たいして力を入れたわけではないから、口調ほど怒ってないのはわかるだろう。だから、髪を引いたのは顔を近づけて欲しいからだと思ったようだ。
「視力落ちたってどれくらい? 俺の顔、見えてる?」
「ちゃんと見えとるよ」
「なら、いっか。せっかくなら、ちゃんと俺の顔も見てて欲しいもんな」
「そういうもんか?」
「だって目は口ほどに物を言うって言うだろ?」
 抱きながら、その目で、愛を語ってやるとでも言いたいのだろうか?
「ほな、その目で何を語るんか、確かめさせて貰おか」
「語りたいことなんて、一つしかないけどな」
 柔らかに目を細めて笑いながら、美里の顔が近づいてくる。

< 終 >

 
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