せんせい。12話 追う

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「ゴメンな」
 その言葉だけで、今泉には美里の選んだ相手がわかったのだろう。何も言わずに頷かれて、美里もまた、何も言わずに保健室を後にした。
 休み時間の廊下には教室を移動する生徒の姿があるものの、つい今しがた保健室を出て行った雅善の姿は既に見えなくなっていた。
 職員室へと向かいかけて、けれどもしかしてと化学準備室のドアを引けば、やはり鍵が掛けられていない。教師が在室していない実験室のドアを、開け放したりすることはない。間違いなく、雅善はここにいる。
 室内に踏み込み、しっかりとドアを閉めてから、美里は中へ向かって声を掛けた。薬品棚が並んでいるので、入り口付近からでは奥の方まで見渡すことが出来ないのだ。
「ガイ、居るんだろう?」
 返事はなかったが、美里は確信を持って部屋の奥へと歩を進める。
 雅善は奥に置かれた机の前に腰掛けていたが、美里がその背に迫っても振り返ることを拒んで居るかのように、ジッと身動きすらしない。
「俺の話を聞いてくれないか?」
 半ば願うように、その背に声を落とした。
「わざわざ言い訳か? そんなんせんでも、昨日のことも、今日のことも、言いふらしたりせんわ」
「そんなことを言いに来たんじゃない。ガイに、告白しに来ただけだ」
「コクハク、やて?」
「そうだ。ガイが好きだ」
「何言うてんの? 自分、いい人おるんやろ?」
「アイツは、違う」
「ほな、好きでもなんでもない相手とキスしとったってことやな?」
 ガタンと激しい音を立てて立ち上がった雅善が、振り向き美里を睨み付ける。
「もうたくさんや! ワイを好き? だから何や。それで昨日んこと許して貰えるて思っとるんやったらお門違いもはなはだしい」
 突きつけられる言葉は当然のもので、美里はほんの少し苦笑して見せただけだった。
「昨日のは……ガイが悪い」
「は?」
「こんなに好きで好きで仕方がないのに、今更ただの教師と生徒に戻れなんて言うから」
「アホか!」
「アホなんだ。それが俺のワガママで、単なる気持ちの押し付けで、本当はガイは全然悪くないどころか、教師としてあたり前のことをしてるだけだって、ちゃんとわかってるけど、な」
 ただ、それらを理性で押さえ込んでしまえるほどには利口じゃないのだ。大事な物を取り上げられて黙って見て居られる程、理性ある大人でもなく、実行力のない子供でもない。
 いきなり襲いかかって犯そうとしたことに対しては、申し訳ないことをしたと心から思っているけれど。
「だから、この告白は俺のケジメみたいなもんなんだ」
「ケジメ……?」
「昔も今も、ガイが好きだ。けど、ガイにとって迷惑でしかないなら、俺が諦められるように、きっぱり振って欲しい」
「ほいで、振られた後はさっきのアイツんとこへ行こうって? 自己満足のためだけの告白に付き合えとは、益々最悪な男やな」
「自己満足には違いないが、アイツの手を振り切ってここへ来た以上、アイツの所には戻れないし戻る気もない。それに、たんなる自己満足だとしても、俺がそれでガイを諦めれば、もう二度とあんな風に襲われることもなくなるんだから、ガイにとってもそう悪い話じゃないだろう?」
「今度は脅迫か? ワイにとっても悪い話やない? ああ、そうやな。無事に何事もなく高原先生が戻って来られるまで臨時の教師として務めあげる気なら、一生徒の思慕で押し倒されそうになっとる場合やないもんな」
 美里を睨みつけていた視線を外して、雅善は忌々しげに「クソッ」などという言葉を吐き出している。
「何をそんなに苛ついてるんだ……?」
 思わず掛けてしまった疑問の言葉に、雅善はますます忌々しいとでも言うように眉間に皺を寄せた後。大きな溜息と共に、椅子の中へ崩れ落ちた。
「ガ、ガイ!?」
「ホンマ、最悪……」
 脱力しきった体で呟かれる言葉。嫌いだとか諦めろとか言われたわけではないけれど、これ以上雅善を悩ませるのは忍びなくて、美里は謝罪と共にもう迷惑は掛けないと告げるつもりで口を開く。
 けれど言葉として発するより先に、雅善が言葉を続けた。
「なぁ、後ほんの半年足らずで、ワイら教師と生徒っちゅう関係から開放されるてわかっとる?」
「え……?」
「ワイは一度引き受けた仕事、途中で放り出したりしたないねん。せやから今は、河東に一人の生徒として以上の気持ちは向けられへん」
 『今は』 という部分をことさら強調して告げられた言葉に、さすがの美里も雅善の気持ちを理解しないわけにはいかない。
「迷惑掛けて、すみませんでした……」
「わかれば、ええよ」
 今は受験勉強を頑張れと、ようやくの微笑で見送られながら、美里は一つの決心を胸に化学準備室を後にした。

 

 

**********

 卒業証書を手に、美里は化学準備室のドアを叩く。
 ここに雅善が居ることはわかっていた。ここで、自分を待っているという確信に満ちた思い。
 中から聞こえるどうぞと言う了承の言葉に、深呼吸を一つした後で部屋の中に踏み込んだ。入り口から真っ直ぐ正面に位置する窓の前。雅善は身体を半分窓の外に向けた格好で、美里を振り返った。
 二人とも真剣な表情で見つめ合う。
 雅善からの言葉を待って動けない美里に気付いたのか、先に動いたのはやはり雅善の方だった。
「卒業、おめでとう」
 久々に見る、自分にのみ向けられる笑顔。そしてようやく、美里も笑顔を返した。
「ありがとう、ございます」
 それでもやはり、一度作ってしまった教師と生徒という壁が一気に崩れることはなく、もどかしさが胸を打つ。
「ワイからの卒業祝い、いるやろ?」
 さすがに卒業式当日の今日は白衣を着て居ない雅善は、スーツの内ポケットを探ると一枚の紙切れを取り出し、取りに来いと言うようにピラピラと振った。
 誘われるままに部屋の奥へと進んだ美里に差し出された紙の上には、住所と電話番号が一組記されている。
「これ……」
「ワイの住所と電話番号」
「いいのか?」
 最初は毎日学校で会えることに気を良くして聞きそびれ、ただの教師と生徒として接するようになってからは聞けずにいた。
「欲しいなら、ええよ」
 ゆっくりと告げられる短い言葉の中に含まれた気持ちに、気付けないほど鈍くはない。それでもやはりここは校内で、卒業式を済ませたとは言っても、まだ教師と生徒という立場から開放されてはなく。
「ずっと、欲しいと思ってた。ありがたく貰うよ」
 明日お邪魔してもいいかな。と恐々問えば、一瞬息を飲んだ後で、それでも了承の返事が返った。
 ホッとして笑えば、照れた顔で笑い返される。
 明日になったら、溜めていた気持ちを全て吐き出すつもりで、好きだと告げよう。

<END No.1>

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