せんせい。7話 部活を優先してた

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 返事を待たずにドアを開ければ、中は一見無人のようだった。
「いらっしゃらないんですか、先生……?」
 軽く声を掛けてみるが、やはり返事はない。
 仕方なく、美里は再度火傷部分を冷やすために取りあえず流しに向かった。
「河東……?」
 流水に手を充てた美里の背後から、名前を呼ぶ声がする。振り向いた先、ベッドを仕切るカーテンから顔を覗かせていたのは今泉だった。
「どうしたんだよ。サボりか?」
「ちょっと寝不足で」
「テストはこの前終わったばかりだろう?」
「おいおい。俺達一応受験生だぜ?」
 苦笑を零しながらも、今泉は心配そうに美里を見ている。
「どうかしたか?」
「それはこっちが聞きたいな。手、どうかしたのか? 先生、電話が来たとかでお前とほとんど入れ違いに出て行ったよ」
 タイミングが悪いなと言う言葉に、美里は曖昧に苦笑して見せた。
 体よく追い払われただけのような気もするし、実際、多少痛んではいるがそんなにたいした火傷でもないのだ。
「ちょっと、な。バカやって火傷した」
「化学の授業だったのか?」
「ああ。お前んトコはもう実験授業終わったのか?」
 軽く頷いて見せた後、今泉はカーテンの影から姿を現し、美里へと近づいてくる。
「大丈夫なのか?」
「たいしたことはないと思う。ただ、右手なのがこれから先ちょっと不便ではあるかもな」
 今泉の視線の先を追うように、美里も蛇口から流れる水の中に浸された自分の手を見つめた。その視界の中、ふいに今泉の顔が迫る。
 下から顔を覗き込まれて、美里は驚きに目を見張った。
「なぁ、俺に、しないか?」
 そのセリフからすると、不安そうな表情は美里の火傷の具合を心配しているからではなさそうだ。
「何の話だ?」
「西方先生相手にするより、俺にしとけよ。って話」
「は? 何言って……」
「見たんだ。昨日の放課後、化学準備室で言い争ってたろ」
「見たって、お前……」
「お前らの噂、俺もちょっと気になってさ。先生に確かめてやろうと思ってたんだ。でも、それどころじゃなかったけどな」
 本当の寝不足の原因はソレだと告げる今泉に、美里は一瞬言葉を失った。
「好きなんだろ? 西方先生のこと。でも、相手は教師で、お前を相手にする気は、多分、ない」
「うるさいな。わかってるよ、そんなことは」
「そう怒るなよ。ただ、そんな脈のない奴を相手にしてるなら、俺が立候補したって構わないかなと思っただけだって」
「お前、自分が何言ってるかわかってるのか?」
「わかってるよ。昨日のアレを目撃したのは、ある意味ラッキーだったと思ってる。お前が男もイけるってわかったからな」
 今泉はようやくニコリと笑って見せる。
「本当は言わずにいようと思ってたけど、ずっと好きだったよ、河東のこと」
「俺は、お前をそういう対象で見た事なんて、ない」
 困ってそう吐き出した声は、わずかに掠れていた。
「これから、そういう対象として見てくれれば構わないけど?」
「いや、でも、それは……」
「試しにでも、付き合ってみないか? お前だって、誰にも言えないような気持ち抱えてたら辛くないか? 暴走して本当に西方先生を犯してからじゃ遅いだろう?」
 立て続けに浴びせられる言葉が痛い。
「お前が、ガイの代わりに抱かれるとでも?」
「そうだな。お前がどうしてもって言うなら」
「どうかしてるぞ」
「そうか? 俺は、お前とデキルなら、西方先生の変わりでもかまわないけど」
 だって、絶対にそんな機会はないと思ってたから。
 そう告げた時の今泉のはにかんだ表情に、美里の心が揺れた。雅善相手に、自分は同じことが言えるだろうか?
 『物わかりのいい年下の友人』という立場を守るために、昨日、その身体を開放してしまった自分には、きっと無理だ。
「知らなかった。お前、意外とバカだったんだな」
「俺がバカになれるのは、お前に対してだけだと思うけどな」
 小さな苦笑を漏らせば、同じように苦笑を返された。
 その苦笑顔に、唇を寄せる。就業を告げるチャイムが鳴るのに構わず、その唇に触れた。
 そういえば、雅善とはキスをしていない。なんてことを考えてしまうのは、やはり、今泉が雅善の代わりでもいいなどと言ったからだろう。
「了承の、意味で取るぞ?」
 身体を離すより前に、首にまわされた腕によって引き戻され、息の掛かる距離で囁かれた。
 頷きかけたその時。
「失礼します。河東の容態は……」
 ノックもなくドアが開き、雅善の声が飛び込んできた。
 ここが保健室という場所で、鍵を掛けていない室内に、いつ誰が入ってきても可笑しくないのだと言うことを失念していたようだ。
 慌てて振り返った先、驚きに目を見張る雅善と視線が合った。今泉の腕は既に解かれていたが、美里は黙ったまま動けない。
「スマン……」
 先に動いたのは雅善のほうだった。クルリと背を向け、後ろ手にピシャリとドアを閉める。
「まっ……」
 伸ばしかけた腕はなんとか堪えたものの、その口からは待って欲しいという気持ちの片鱗が零れ落ちていた。
「追いかけないのか?」
 掛かる声に隣を見れば、今泉はなんとも複雑な表情をしている。きっと自分も同じくらい、複雑に絡んだ感情を面に出してしまっているだろう。
 それでも、自分の気持ちと選ぶ未来を決めるのは自分自身でしかないのだ。
 答えは決まっていた。

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