「それは、ダメだ」
冷たく言い放てば、最初から期待などしていなかったようで、あっさり諦めたようだった。
頭をそのまま背後の壁に預け、けれど顔は美里を避けるように横を向く。さすがに美里もそれを咎めることはせず、行為の再開を告げるように腕の中の両足を抱えなおした。
少し高めに抱え上げて、デンプン糊で濡れた秘所に昂る自分自身を押し当てれば、それを拒むように雅善の身体に緊張が走る。
「力、抜いて置けよ」
「出来たら、苦労せん」
取りあえず掛けただけの常套句に、返事があるとは思わなかった。
少しでも雅善が楽なように、何かしてやれないだろうか……
ここまできて止める気などなかったが、美里が雅善へと向ける想いは、やはり愛しさなのだ。
その心が手に入らないことはわかっていても、それを理由に逆恨みで憎み傷つけたいというわけではないし、出来ることなら雅善にだって感じて欲しい。たとえ身体だけだとしても。
けれど雅善の口から吐き出されるのは諦めの溜息だった。
「ここまで来て躊躇うってのもおかしな話やな。ワイのことなんか構わず、さっさとヤったらええやろ?」
「言われなくても、やるさ」
「ほな、早よそうし。ほいで、さっさとイってさっさと終わってや」
決して美里の方へ顔を向けることなく、強い口調で吐き出される言葉。
煽られたと頭の片隅でわかっていて、けれどその誘いに簡単に乗れるくらいには、理性などとうの昔にどこかへ消し飛んでいる。
「そう簡単に開放してやるつもりなんてないけどな」
その言葉と共に、半ばムリヤリ押し入った。
ギュッと噛み締められた唇の端、血が滲んでいるのがわかる。この場所と状況では、さすがに声を殺すなと口にすることはできなかった。
本当にただ、ムリヤリ繋がっているだけの自分達に、虚しさだけが残る気がする。
身体だけでいいと思った気持ちを貫き通すには、邪魔な思考でしかないそれを振り切るように、美里は快楽だけを追って雅善の身体を揺すった。
下半身に美里の吐き出した白濁液を浴びながら、グッタリとだらしなく机の上に身体を投げ出している雅善に、美里は携帯のカメラを向ける。
撮影音の鳴るのに、雅善の身体がピクリと反応した。
「今、何、したん……?」
恐々と尋ねるその口調は、既に気付いているのだろう。
「記念撮影」
美里はニコリと笑って見せた。疲労で血色の良くない雅善の顔から、さらに血の気が引いたようだ。
この写真を楯に、今後も関係を強要するつもりだった。
身体だけでもいい。手放したくない。
「どうしようもない男に育ったもんやな」
青ざめた表情で呟かれた言葉は、聞こえなかった振りをした。
ラブホテル内の広いベッドの端に腰掛けた美里は、広げた両足の合間に蹲る雅善の揺れる髪の毛を、指先で摘んで弄ぶ。
脅すための写真の枚数が増える一方、雅善の抵抗も薄れているようだ。今ではもう、縛って自由を奪わなくても、諦め切った表情で大人しく、口も足も言われるままに開く。
どう考えても悪者は自分の方で、相当好き放題に雅善の身体を貫いても。それでもまだ、足りないと渇望してしまう気持ちを、結局雅善にぶつけてしまう。
この先も決して心が満たされることなどないとわかっていながら、それでも、この身体を手放してはやれないくせに。せめて優しくしてやりたいのに、いつだって真逆の行為を強いている。
ジレンマに陥りながら、弄んでいた髪をガシリと掴み直し、美里は雅善の頭を激しく揺さぶった。
漏れる呻き声に構うことなく喉の奥まで押し込んで揺すり、最後にはその顔に向けて白濁液を放つ。雅善は既に、文句を言う気にもならないらしい。
黙ったまま、まずは汚れたメガネを外そうとする雅善を、美里の声が止めた。
「外すなよ」
「前が、見えへん」
「見えなくたっていいだろ別に。それより、ベッド上って足開け」
言われるまま、雅善はベッドの上に這い上る。
「イったばっかの俺が復活するまでに、顔に掛かった精液使って、自分自身で広げて置けよ」
汚れた眼鏡越しでも、さすがに戸惑いが滲み出ている。
「嫌だなんて、言わないだろ?」
それでもその一言で、雅善は諦めの溜息を吐き出した。
ユルユルと足を開いて行く雅善をジッと見つめながら、今、自分の目の前に居るのは一体誰なんだろうと美里は思う。かつて憧れ、大好きだった幼馴染のお兄さんと、自分の命令に従い、貫き揺さぶられながら喘いで見せる男が、同一人物だなんて嘘みたいだった。
行為の最中、メガネを外すことが許せないのは、記憶の中の雅善がメガネを掛けていないせいだろう。
自分達は一体どこへ向かっているのだろう?
命令に従って美里の前で足を開き、自らの指で解し広げようとしている雅善に、背筋を冷たいものが伝って行った。
<END No.4>
化学準備室でほとんどムリヤリ雅善を抱いてから数日。美里は校長室へと呼び出された。
「失礼します」
そう声を掛けて入室すれば、中には校長の他に一名。振り向きもしない後姿だけでも、すぐに雅善だとわかる。
ここへ来るまで呼び出しの内容に思い至らなかった美里の背に、冷たい汗が流れていく。
「3年の河東美里君、だね。もっとこちらへ」
呼ばれて、雅善の隣に並んだ。雅善はやはり、顔を向けようとはしない。
「君達が、化学準備室で如何わしい行為をしていた。という報告を貰ったんだけれども、本当かね?」
「それは……」
「虚偽です。確かに言い争いはしましたが、それだけです」
躊躇う美里をよそに、きっぱりと雅善が否定を示した。
「では、この写真の相手は、河東君、君ではないのですね?」
差し出された一枚の写真に、胸の奥がキュッと痛む。ピントの合っていない写真は粗悪なものだったが、机の上で足を広げた雅善に覆いかぶさる男子学生の姿がはっきりと写し出されている。
どこから撮られたのだろう?
角度的に、化学準備室に盗撮用のカメラでも仕掛けられてるのかもしれない。
「違います」
あまりの写真に呆然と言葉を失くす美里を横に、やはり雅善がはっきりと否定の声をあげる。
「私は、河東君に、聞いているのですが?」
これだけ雅善が否定しているのだから、認めてはいけないのだということはすぐにわかった。
「俺では、ありません」
だから美里も、顔をあげて校長をまっすぐに見据えながら、きっぱりと告げる。
その返事さえ聞ければ良かったのか、美里はその後すぐに校長室を追い出されてしまった。
雅善をそこへ残すことへの不安はあったが、関係を否定した以上、話し合いの場に残れないのは仕方がない。それよりもまずは確かめたいことがあって、美里は職員室へと足を向けた。
教師に頼まれたのだという体を装って、特別教室の鍵を並べた棚の前へ立った美里は、迷うことなく化学準備室の合い鍵を手に取る。そうして向かった先、おおよその予測を付けて探った先に、隠しカメラを設置していたのだろう後を見つけた。
「誰がこんなことを……」
悔しさで唇を噛んだ。
翌日から雅善は学校へ姿をあらわさず、暫くしてから別の臨採教師が学校を訪れた。雅善は間違いなく、一人全ての罪を被って学校を去ったのだろう。
写真を撮りそれを匿名で校長へと送りつけた犯人が、新聞部の誰かだという所まではわかったが、それ以上を突き止めることはできなかった。スクープとして校内新聞に晒されるよりは良かったのかもしれないが、そんなものはなんの慰めにもなりはしない。
雅善と過ごした一月程の時間が、何度も頭を過ぎっていく。これだけの迷惑を掛けた上、更に雅善の所在を追うことは出来なかった。
昔以上に辛い別れを、美里は一生忘れられそうにないと思った。
<END No.5>
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