親切なお隣さん7

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 お隣さんに食事を作るようになっておよそ2年が経過した大学3年次の夏、学費だけなら出せるからと大学進学を勧めてくれた祖父が他界した。もうすぐ定年退職を控えた59歳で、お正月に会ったときには、再雇用して貰えるし、まだまだ働けるから何の心配もいらないと胸を張ってくれていたくらい元気だったのに。
 突然の訃報に面食らいながらも参加した葬儀は散々だった。祖父が大学の学費を出すことを、実両親が忌々しく思っていたのはもちろん知っていたが、まさか葬儀の席で、顔を合わせたほぼ直後に遺産の話をされるなんて思ってなかった。
 勝ち誇ったような顔をした父に、お前に遺産を受け取る権利はないぞと言い切られ、大学なんかさっさと辞めて、実家に戻って就職しろとかなり強気な態度と言葉で命じられた。もちろん、実家に金を入れろという意味だ。
 実際問題、3年次後期と4年次丸々の学費分の当てなんて欠片もない。お隣さんのお陰もあってそれなりに貯金は溜まっていたから、3年次後期分くらいはなんとかなりそうだけど。でも4年次分が圧倒的に足りなかった。
 もちろん、言われたとおりに大学をやめて実家に戻る気なんて更々ない。諦めたくないし、諦めない方法を探すつもりだった。だって諦めてしまったら、ここまで学費を出してくれた祖父にだって申し訳無さ過ぎる。
 といっても現状かなりみっちりとバイトを入れていて、これ以上バイト時間を増やすのは色々と難しいかも知れない。無理して体を壊して医療費かかってバイトも休んで、なんて目にはあいたくないし、食事面は大丈夫にしても、ある程度の睡眠時間だってしっかり確保しておきたい。
 手っ取り早く短時間で高時給の単発バイトを副業で、的なことを考えたときに、どうしても思い浮かべてしまうのは、いわゆるパパ活的なアレだ。なぜなら、過去にそれでお小遣いを得たことがあるからだ。
 もちろんその時も必要にかられてだったし、もっというなら年齢もかなり偽っていた。そもそもバイトできる年齢だったら、そんなものに手を出してなかっただろう。あのときだけは、成長期が早めに来てて本当に良かったって思っていた。
 最初の約束よりかなり多めに払ってくれたから、多分相手は気づいてたけど。でもそこはお互い様というかなんというかで、はっきりと年齢を確認されることはなかった上で、かなり気を遣ってくれていたような気もする。
 多めに払ってくれたおかげで、そんな真似をするのは1度きりで済んだのもかなり有り難かったし、少なくとも、想像してたよりは酷い時間じゃなかった。
 だからこうして、今また再チャレンジするかを迷っているわけだけど。でもあれが相当幸運だったレアケース、という認識もちゃんとある。多めに支払ってくれたのだって、今の認識だと、口止め料的なものだった気がしている。アレがバレたらヤバいのは、どう考えても圧倒的に相手側だろう。
 問題は、実家周辺に比べたら供給も多そうだから、たいして稼げない可能性の高さだろうか。あと、お隣さんの存在が微妙にネックでもあった。
 バイトの時間を減らす気はないから、長期休暇中か日曜の夜に副業になるんだろうけれど、お隣さんといっしょに夕飯を食べていたらそれなりに遅い時間になってしまう。かといって、今日は夕飯作れません、と言ったら理由は絶対聞かれるだろう。これは経験的にも絶対だ。
 1度くらいなら誤魔化せても、繰り返し誤魔化し続けられる自信がない。
 いっそお隣さんが買ってくれたら良いのに。なんてことをチラリと思ったりもするが、そんな提案をしようものなら、盛大な説教が始まってしまいそうだ。というか、相手にそんな気が全く無いのも、実は既に知っている。
 お弁当を作るようになって暫くして、彼女が出来たって誤解されてるみたいだと報告されたときに、そんな話がチラリと出たのだ。もちろんその誤解は解いていて、隣に住む大学生の男の子が食費全額負担で作ってくれてると話したら相当驚かれたとかなんとか。まぁ、でしょうね、という当然とも言える話だったのだけど。
「女の子だったら絶対手放すな嫁にしろって言うのに男じゃなぁ、とか言っててさ。男の子じゃなきゃこんなお願いそもそも出来ないのにね。というかエアコン壊れたならうち泊まる? とか誘えないでしょ」
「女の子相手でも言いそうっすけどね。で俺が女だったとしても、そう言われてホイホイ泊まってるかも知れないですけどね」
「ダメでしょそれは」
「女の子だったら襲ってました?」
「だからそもそも泊まりなって言わないってば」
 じゃあどうしてたんだと聞いたら、随分悩んだあとで大家さんに連絡すると返ってきた。大家さんは既婚者で奥さんがいるから、女の子も任せられるはずとかなんとか言ってたけど、だとしても、相変わらず大家さんへの信頼が厚い。
「なら男で良かったす。けど、そのままお隣さんとこんな関係になるとか、あの時は全く思ってませんでしたけどね」
「ほんとにね。てかこの関係ってなんなんだろ、って思うことはあるよね」
 友達とは言い難いし、やっぱ雇用関係に近いのかな。と言われて、思わず。
「パパ活とかじゃないんすか」
「は? え?」
「パパ活、っす。援助されてデート、的な」
「デート……」
「お金貰って一緒に食事したりするみたいっすよ」
「いやいやいや。お金払ってないし。ただの食費だし。てかこれがパパ活じゃ全然割に合ってなくない?」
「食費だけって言うけど、それでも結構援助されてんですけどね。それにもし食費以外にも払ってくれる気があるなら、エロいサービスとかも、まぁ、出来そうな範囲でなら」
 まぁ当然お断りされたわけで、というかパパ活なんかしちゃダメだよと、そういや釘を差されたんだった。

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親切なお隣さん6

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 お隣さんの夕飯を作る日々は楽しかったし、こちらとしてもかなり有り難かったけれど、そんな生活が出来るのは長期休暇中だけだってことをすっかり失念していた。つまり講義が再開するのに合わせて、夕飯作りが難しくなってしまった。
 暑い日中はなるべく家に居たくなくて、夏の間は昼間にバイトを入れまくっていたけれど、講義がある平日は夕方からのシフトになるのと、賄い付きなので夕飯はバイト先で食べられるからだ。
「というわけで、朝と日曜は変わらず作れますけど、平日の夕飯は無理そうです」
「ああそっか。残念だけどそれは仕方ないね」
「代わりに朝飯、もうちょっと豪華にしたりも出来ますけど。ああ、あとは作り置きとか?」
 レンチンして食べれるようなものを冷蔵庫に用意しましょうかと提案してみたが、少し迷ったあと、魅力的だけどやっぱり一緒に食べれないのは寂しいからとお断りされてしまった。
 それで一旦話は終わったと思ったのだけど、いざ講義が再開して今日から夕飯は作れませんよというその日の朝、昼用にと作っていた握り飯を目ざとく見つけた相手に、自分の分はと聞かれて驚く。
「えと、考えてませんでした。てか昼って弁当持ってくの有りなんですか?」
「別に問題ないけど」
「一緒には食べれないすけど、それは?」
「この部屋で一人で作り置き食べるのは寂しいなって思ったけど、お弁当は別な気がする。というか多分、お昼楽しみってなる気がする」
 お弁当作ってって言ったら作ってくれるの? と聞かれて、そりゃ作れってなら喜んで作るに決まってると思う。さすがに喜んでとまでは言わなかったけど。
「いっすよ。お米ももうアンタの出す食費から買ってるんで、今日のこれも、自分の分だけ握ってんのちょっと後ろめたいとこあったんで。てか作る前に聞けばよかったのか」
 聞けば最初から自分の分もと言われたかも知れないし、最初から、だったらお弁当作ってって言われたかも知れない。
「今日は今から米炊くのむりっすけど、じゃあ、1個持っていきます?」
「や、明日からでいいよ。君の分の昼ご飯減っちゃうでしょ。てかお昼っておにぎりだけなの? それとも学食でおかず買ったりする感じ?」
 ご飯だけでも持参したら食費浮くもんねと言われて、そっすねと同意はしたけれど、夏休み前にそんな贅沢をする余裕は正直なかった。無料で提供されているお茶があるから、学食そのものは利用していたけれど。
 お隣さんのお陰でちょっとは余裕が出来たから、今日の昼は、言われたみたいにおかずやら味噌汁やらを購入してみてもいいかもしれない。
「えと、おかず学食で買うのが楽なら、弁当作り面倒じゃない?」
「朝飯作るついでに作るんでダイジョブす。当然俺の分も作っていい、って思ったら、そっちのが有り難いんで」
 バイト先で賄いが出るとはいえ、そこまで健康面に気を遣ったような食事が出るわけもなく、夏の間は朝と夜とお隣さんのご飯を作るという名目で野菜も肉もモリモリと食べてしまっていたから、朝と日曜だけになってしまうのを惜しむ気持ちはこちらもかなり大きかった。
 ホッとした様子で、なら良かったと言った相手が、既に明日の弁当に思いを馳せながら楽しみだと笑う。
「あの、一つ問題があって」
「え、なに?」
「握り飯持ってく、みたいなのは前からやってましたけど、まともに弁当ってのを作ったことがないんすよね」
「そうなんだ。それはますます楽しみかも」
「え、なんで?」
「だってお弁当に君の試行錯誤が反映されてくってことでしょ? じゃあ、開けた時どんなだったか写真撮って、感想添えて送ってもいい?」
「マジ、すか?」
 うん、と力強く肯定した相手が、ほんと楽しみだよと言って笑った。

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親切なお隣さん5

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 土曜の夕方、バイト上がりに待ち合わせたお隣さんに連れて行かれたのは、駅前の小さな洋菓子店だった。暑いしゼリーとか良いよね、というお隣さんの助言により千円ちょっとの小さな詰め合わせを買って、それを手に次に向かうのは大家さんのお宅だ。
 エアコンが新しくなっただけでなく、免責がどうとかで今月の家賃が5千円も安くなるそうで、大家さんに一言お礼しに行ったほうがいいよと言い出したのも、もちろんこのお隣さんだった。
 言われた最初は当然、なんでわざわざそんなことを、と思った。だってそれが仕事なんじゃないの、みたいな気持ちがあった。
 けれど、近いんだから顔ぐらい知っておいたほうがいいよ、だとか。これからもきっとお世話になるよ、だとか。急いで工事すれば家賃を値引く必要はなかったはずだよ、だとか。
 この5千円は大家さんの厚意から出てるお小遣いみたいなもんだから、まるまる自分のものにするより、少しでいいからお礼の気持ちを形に変えて、感謝を示しておくのが良い。らしい。
 どう考えても大家さんよりこのお隣さんの方にお世話になりまくってるんだけど。もしお礼として何か買って渡さなきゃならないなら、お隣さんが先ではみたいな気持ちが強いんだけど。
 でも、絶対行ったほうがいいと真剣に勧められて断りきれなかった。面倒がって、お礼の気持ちなんて何買えばいいかわからない、とか、大家さんちの場所知らない、とか言って渋ったせいで、一緒に選んで大家さんの家まで付きそうから、とまで言わせてしまったのもある。
 あと、行くって言うまで粘られそうな予感がしたと言うか、うんって言うまで引かないなと察してしまった。
「ここが大家さんのお宅」
 ごくごく普通の一軒家の前で、お隣さんが立ち止まる。
「ね、近いでしょ」
「そっすね」
 確かにアパートからかなり近い。というかアパートが向こうに見えているような距離だ。
「じゃ行っておいで」
「え?」
「ん?」
「一緒に行くんじゃ?」
「場所知らないって言うから連れてきただけだよ。エアコン直って快適です、ありがとうございました。って言うだけでいいんだから一人で行っておいで。別に怖いことないから大丈夫」
 そう背中を押されてしまって、あれ? と思う。
 道中なんだかいつも以上に機嫌がいいと言うか、浮かれたような気配がしてたから、てっきりこの人が大家さんに会いたいのかと思っていたのに。もしかして大家さんに会いに行くダシに使われた可能性、なんてものまでほんのりと考えていたんだけど。
 仕方なく、ここで待ってる、というお隣さんを門前に待たせて玄関扉の前に立った。
 ドアチャイムを押せばすぐに応答があって、名前とアパートの住人であることを伝えれば、しばらくしてドアが開き、暑いから中に入るようにと促される。
 大家さんと思しきその人は、老人と言うにはまだまだ若いけれどそこそこ年齢が行ってそうな、ちょっと恰幅の良い男性だった。というか全く初めて会う人ではなかった。
 そういやお隣さんも、たまにアパートの様子を見に来てるとか言ってたような……
「エアコン工事したとこの、だよね。新しくなって問題はない?」
「あ、はい。でこれ、お礼、です」
 ありがとうございました、と言いながら、手にした袋を差し出せば、うんうんと嬉しそうに頷いて、わざわざありがとうと言いながら受け取ってくれる。
「ところでさ」
 お隣さんの名前を出して、持っていけって言われたの? と聞かれたので、素直にそうですと返せば、やっぱりうんうんと嬉しそうに頷いたあと。
「エアコン直るまで泊めるって聞いてさすがにびっくりしたけど、どう? あの子と上手くやれてるか?」
「まぁ、多分。俺のこと、小学生のくらいの子どもと思ってそうですけど」
 今も外で待ってますしと言えば、過保護だなと大笑いされてしまった。確かにそうかも。
 面倒がって渋ったとは言え、随分あっさり付き添いを申し出てくると思っていたが、大家さんに会いたかったってわけじゃないなら、過保護だからという理由はなかなかしっくり来る。
 やっぱ小学生扱いだよな、という気持ちもますます強くなってしまったけれど。
「今は小学生の子供は居ないからなぁ、あのアパート。まぁ泊めてもらって助かったと思うなら、あの子が今してるように、いつか余裕が出来たときにでも困ってる子供を助けてあげたらいい」
「やっぱアンタか」
「なんだって?」
「あー……大家さんがあの人に、恩返しなら困ってる子助けてあげろって言ってくれたおかげで、今回俺が助かったんだな、と思っただけ、す」
 もう一度ありがとうございましたと頭を下げてから、満足気に笑う大家さんに見送られて玄関を出れば、お隣さんがにこにこ顔で迎えてくれる。その顔にホッとしてしまうのは、褒めてくれているとわかるからだ。多分、一人で大家さんにお礼が出来て偉いぞ、って思ってる。
 この安堵はどれくらい相手に伝わっているんだろう?
 子供扱いだなぁと思う気持ちの中に、この人にそうさせてるのは自分の方かも知れない、と思ってしまう気持ちがある。だって子供の頃に、親に見守られながら何かをこなしたなんて記憶がない。それどころか、誰かのお世話になったあと、お礼を言いに行きましょうと促されたこともない。
 大家さんにお礼を持っていく、なんて発想がそもそもなかったのは、そういう子供時代を過ごしてきたから、というのもかなり大きい気がする。
「お疲れ様。どうだった? 大家さん、怖い人じゃなかったでしょ?」
「そっすね。アンタと上手くやれてるかって聞かれました」
「え、それ、なんて答えたの? 上手くやれてるよね?」
「多分、って答えときました。俺のこと小学生くらいに思ってそうって言ったら笑ってましたけど。あと、今回泊めてもらって助かったと思うなら、いつか余裕が出来たときに困ってる子供を助けてあげたらいいって」
 らしいなぁと相槌を打つお隣さんも、大家さんと同じくらい、満足気に優しい笑顔を湛えている。
「でも俺は、困ってる子供じゃなくて、直接アンタに恩返ししたいって思ってますけど」
 いつかそう出来る日が来るといいなとは思うけど、この人が困る時なんてあるのかな、とも思う。
「それ、わからなくはないなぁ。おれも、恩返ししたいなら困ってる子供に同じようにしてやれって言われた最初はそう思ってた。俺の助けが必要なことなんて、あの人にはないから仕方ないんだけど」
 でも今は言われたとおりにして良かったって思ってるよと続けたあと。
「それにさ、昔のおれと違って、君はもう恩返ししてくれてるんだよね」
 そんなことを言われても、全く思い当たることがなくてビックリしてしまった。
「え、何を?」
「何ってご飯作ってくれてるでしょ」
「それ言ったらこっちは飯代出してもらってんすけど」
「君の分含めてでも、外食するよりは安く済んでるし」
 充分恩返しになってるよと言い切られてしまって、納得はできないのに、嬉しいって気持ちだけは溢れてくる。
 今日は何を作ってくれるのかなと言われて、予定していたメニューを告げれば、楽しみだと笑ってくれるから。やっぱり嬉しくて、本人がそう言ってくれるなら、もうそれで良いのかなって思う事にした。

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親切なお隣さん4

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 夕飯の後、レシートと残りのお金をまとめて差し出したら、相手は呆気にとられた顔をしたあと、なにこれ? と聞いた。
「何、って預かってた食費の残りとレシートですけど」
 明日の朝の分の食材はもう買ってあるから、これ以上預かったお金が減ることはない。という説明をしたら、相手はなるほどと納得してくれたけど、でも随分と浮かない顔をしている。
「それは、もう作るの嫌になったってこと?」
「は?」
「あ、明日が工事だから? もしかしてここにいる間は作ってあげるよって意味だった?」
「ここにいる間は作ってってことかと……え、違うんすか?」
 お互いに顔を見合わせてしまう。どうやら期間に対して誤解があったらしい。
「あー……これからも作ってくれるなら嬉しいなとは思うけど。でもお世話になってるお礼で頑張ってくれてただけで、負担になってるって言うなら諦めるよ」
 毎日、今日の夕飯はなにかなって楽しみに帰ってきてたから残念、と言った顔が言葉通りにしょんぼりしてて思わず小さく吹き出してしまう。
「いや負担なんか全然」
 だって自分一人だって自炊はする。むしろ食費は掛からないし、預かった金額の多さから普段の自炊より断然良いものを食べていたしで、自分にとってはメリットだらけだった。
「じゃあこれからも作ってくれる?」
 パッと表情が明るくなって、ホント、素直な人だなと思う。小さな頃からこの調子だったなら、周りの大人達が手助けしたくなるのも納得だった。
「作るのはいいですけど。でもホントにいいんすか?」
 だって、こちらの経済事情を察して、助けてくれているだけなんだろうと思ってた。いやまぁ、継続した援助を申し出てくれている、とも考えられなくはないけど。
 でもコロコロと変わる表情が、相手にとってもちゃんとメリットがある申し出なんだと思わせてくれるから、やっぱり胸の中が少し暖かくなって、嬉しい。
「頼んでるのこっちなんだけど」
 一緒に食べてくれる人が居るほうが食事は絶対美味しいし、2人分なのに外食するより全然安そう。と言いながら、相手は机の上に残金を広げている。
「てかお金、あんまり減ってなくない? 一万円、まるまる残ってる」
「あー……一度ももっといい食材使ってとか言われなかったから。米とか調味料はさすがに自宅の使ってたし、あと、工事も早かったんで」
 本当は最初の段階で、2万返却するか迷ったのだ。ただあの時はまだエアコンの工事日が決まってなかったし、相手がどんな食事を希望するのかもわかってなかった。
 でも肉以外の食材に関しても特に拘りはなかったようで、使った食材の産地を確認されることなど一度もなく、ただただ美味しいと言って食べてくれていた。
「なんか凄いね」
 今度はレシートを眺めだした相手がそんなことを言い出して、ちょっと意味がわからない。
「え、凄い?」
「この値段であれやこれやが作れちゃうんだ、みたいな感動?」
 作ってくれたご飯思い出しながらレシート見ると感慨深いよ、などと言われても、やっぱりよくわからなかった。それに、人の金で贅沢してる、とか思いつつ買ってた身としては、遣り繰りを褒められたと素直に思い難い面もある。
「ってか嗜好品が全然ないね」
「嗜好品?」
「お菓子とかジュースとか。好きに買って全然構わなかったのに。って最初に言えばよかったのか。言わなくてごめん」
 気が利かないな、などと言って反省しているが、全く意味がわからない。
「は?」
「買い物から何から全部任せっきりなんだから、これからは自分用のお菓子とかも混ぜて買っていいからね。あとお金足りなくなったらすぐ言ってね。とりあえず1万足しておけば良いかな?」
 返したはずのお金にさらに1万上乗せされて戻されるのを、黙って見つめてしまう。黙ってしまったからか、相手がこちらの様子を伺っているのがわかって、どうにか声を絞り出す。
「あー……カンガエトキマス」
 声が強張ってマズイと思ったけれど、逆にそれで何かを察した相手が、その話題を切り上げてくれた。
 レシートをチェックされて、食べてみたかったお菓子を買ったことと、それを一人で食べてしまったことをめちゃくちゃ怒られた記憶が、閉じた記憶の底から吹き出て苦しい。買い物ついでに自分用のお菓子を買っていいよと言われたことが嬉しくて、なのに、こんなにも苦しいのは、心底その言葉を欲していた幼い自分が居たことに、気付かされてしまったからだ。

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親切なお隣さん3

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 結局、エアコンが新しいものと交換されるまでに5日ほどかかる事になり、お隣さんの合鍵が無ければ結構詰んでた気がする。
 しかも電気代を全く気にしていないお隣さんの部屋の中はかなり快適だ。というか戻った瞬間の部屋の暑さがなく、汗だくになりながら部屋の温度が下がるのを待たなくて良い生活が、こんなに快適だとは思っていなかった。
 いつかは自分も、そんな生活が出来るようになりたい。
 お隣さんは夜が遅いぶん朝が少しゆっくりで、冷蔵庫は大きいのに飲み物くらいしか入ってなくて、基本3食全て外食か中食だと言う。自炊に時間をかけたくないとかなんとか。
 朝はコンビニでパンかおにぎりを買って会社で食べるなんて言うから、初日の朝、泊めてもらった上に合鍵まで借りて、まだ数日はお世話になることが決定しているお礼にと、自宅からなけなしの食材を集めて朝食を振る舞ってしまった。
 それがすべての始まりで、まっすぐ帰宅すればもうちょっと早く帰れるから、朝と夜に食事を作ってくれないかと頼まれた。食費は自分の分も含めて相手持ちでいいと言われたら、そんなの引き受けるに決まってる。
 ただ、さっと差し出された3枚の万札には驚きを隠せなかった。思わず何日分ですかと確認したら、1週間分くらい? と疑問符付きで返されて、自炊をしないから相場が全くわからないらしいと気づく。もしくは、自身の1週間分の朝と夜の食費を、単純に2倍にした可能性。
 一応、夕飯にはビール必須だとか、肉はお安い海外産とか鶏豚禁止で国産牛とかを希望してるのか確認したあと、平日は飲まないし肉への拘りもないと言われて、取り敢えず1枚は返却した。あと、大したものは作れないと念も押しておく。
 外食と中食三昧な人の口に合うものが作れる自信はまったくなかったけれど、ありあわせで作った朝食を食べた後で言い出しているのだから、まぁ、なんとかなるだろう。
 実家にいたころも家族の分を作ることは結構あったし、不味いと言われて残されたことはない。
 そんなこんなで1日2食を共にする生活を5日も続ければ、相手とも大分打ち解けて、口調なんかは相手もかなり砕けてきた気がする。
 ただ、子供の頃もここに住んでいたという相手の昔話を聞くことはあっても、自分の子供時代の話を出すことは出来なかった。胸の中で色んな感情が絡まっていて、人に話せる懐かしい思い出話なんて思いつかない。
 相手も何かを察して聞いてくることはないけれど、でも察しているからこそ、構いたがるんだという事にも気づいてしまった。
 恩返しがしたいから合鍵を受け取れの意味も、もう、わかっていると思う。
 美味しいと言って食べてくれる朝と夜の食事だって、多分、こちらの経済事情をわかっていて助けてくれている分が大きいんだろう。だって本当に凄く助かっている。でも本当は、一緒に食事なんかしなくても、今まで通り外食と中食続きだって、構わないはずだ。
 稼ぎはあるのに好んでここに住んでいる彼は異質で、ここに住んでいるという時点で、基本は経済的に余裕なんてないのだ。母子家庭だった小学生時代の彼も当然そうだったわけで、子どもの彼が周りの大人達のさり気ない気遣いであれこれと助けられていたように、彼自身も困った子供の手助けがしたい。それを恩返しと呼ぶんだろう。
 小学生の子供なんかじゃないんだけど。でも年下で、まだ、学生だから。それで彼の支援対象になっているんだと思う。
 子供じゃないのにいいのかなぁと思う気持ちはあるが、今現在、このアパートに子連れの入居者は居ないし、本当に助かっているし、エアコンの工事が終わるまでは甘えてしまおうと割り切って、快適な日々を享受してしまった。
 部屋が涼しいのも、食費がタダになるのも嬉しいけど、宣言通り本当に大したものは作れていない日々の食事を、美味しいって褒めてくれるのもかなり嬉しい。不味いと言われたことも、残されたこともないけれど、美味しいと褒められた記憶は、そういえば殆どなかった。
 たまにリクエストは貰ったけれど、美味しかったからまた作って欲しい、なんていう頼まれ方はしていない。基本、食べたいから作って、としか言われなかったけど、それでもリクエストを貰うのは嬉しかった。
 それどころか、作ってくれて助かるって言葉すら、最後に聞いたのが何年前か思い出せない。いつの間にか、親が用意できない時は自分で作って当たり前になっていたし、家族の分も一緒に作っておけばちゃんと食べて貰えるってだけになっていたなと思う。
 気づいてちょっと凹んだけれど、だからこそ、大学入学を期にあの家から逃げ出したのは正解だった。親兄弟がなんと言おうと、自分の選択は間違っていない。絶対後悔なんかしない。
 これから先も、そんな正解を見つけては積み上げながら生きていくんだと強く思いながら、最後の夕飯を用意していく。
 明日の日中、自宅のエアコンが新しくなる。

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親切なお隣さん2

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 涼しいよの言葉通り、玄関をくぐったその先は外より数段気温が低い。なんでかと思ったら、部屋のエアコンが既に稼働していた。
 しかも部屋に入るなりリモコンを手にしたかと思うと、ピッピッと何度か音がなって、そのエアコンから更に涼しい風が勢いよく吹き出してくる。どうやら設定温度を下げたらしい。
「もしかして1日中点けっぱなし?」
「うん。さすがにこの時期はね」
 金持ってんだなと思って、いやでも働いてるなら当然かと思い直す。スーツを着てるし、こんな時間まで働いてる生活なら、エアコンを点けっぱなしにする電気代を気にせずすむんだろう。
 こっちなんて、暑い日中はなるべくバイトを入れまくったり、図書館やら金をかけずに涼めるような場所をうろついたりと、自宅滞在時間を極力減らす努力をしてると言うのに。
 自分だって、バイトだけしてればいい生活なら、可能だとは思うけど。でもこの生活が出来るのは長期休暇中だけだ。休暇が終わったあとのことを考えたら、少しでも貯めておきたい。
「あー……家空けてる時間考えたら切ったほうがいいのはわかってるんですけど、まぁ、ちょっとした贅沢という自覚はあるかな。でもほら、さっきもちょっと言ったけど、うちのエアコン去年新しくなってるんですよね。だから長時間稼働してても電気代は安いんですよ。先月の電気代、去年よりかなり安かったから間違いない」
「別に何も言ってないのに」
「だって目が金持ちって言ってるから」
「あーでももし家もエアコン新しくして貰えるなら、電気代安くなるかもなのか」
 それは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。頬が緩むのが自覚できるくらいに嬉しい。修理じゃなくて交換になってくれと願わずにはいられない。
「そういや明日の予定は? どうなってます?」
「朝から夜までバイトですけど」
「休憩時間は流石にありますよね? とりあえず大家さんには電話で相談して、なるべく早く修理なり交換なりしてもらえるようお願いするとして、早くても数日はエアコン使えないと思うんですけど」
「あー……」
「てわけでハイこれ」
 めちゃくちゃ気軽に差し出されたのは銀色に光る金属で、見慣れたその形から言っても、間違いなくこの部屋の合鍵なんだろう。
「は?」
「おれ、帰宅は毎晩これくらいになるので。そっちのエアコン直るまで、うち、使ってていいですよ」
「いやいやいや。てかアンタほんと、頭大丈夫すか?」
「酷いなぁ。悪い子じゃないんでしょう? それに盗まれて困るようなものは置いてないですし」
 でも壊されたら困るものは置いてあるので部屋の中のものは丁寧に扱って欲しい、らしい。いや、そんな話を聞きたいわけではないんだけど。
「悪い子じゃないって言い切らないでくださいよ」
 子供扱いされるほど小さくないし、相手との年齢差だってそこまであるようには思えないのに。
「なら君は、おれが居ない間に家探しとかしたいと思うの? たいした現金なんて置いてないし、中古ショップ持ち込んだところで値がつくようなものも多分ないから、したければしたって構わないですけど」
「しないですけど。てか家探ししてもいいってなんなんすか」
「取っ掛かりがつかめるかな、と思って」
「取っ掛かり?」
「んー……君に深入りする、取っ掛かり?」
 疑問符が見えそうな語尾の上がりっぷりだった。てかやっぱり何を言っているのかイマイチわからない。この人の口から出てくる言葉は突拍子もないものが多すぎる。
「俺ら、今日初めて顔合わせましたよね?」
「そうだね。でも君の話はちょいちょい聞いてたから」
 階下の老人と大家からってことだろうか。その二人にだって、語れるほどの何を知られているのか全く検討もつかないくらい、接点なんてないはずなんだけど。
 いやでも階下の老人には、こっちの事情も多少話した気もするか。親の躾がどうのと言われて、思わず言い返しただけではあるが。
「どんな話聞いてんのかしりませんけど、プライバシーの侵害? とか個人情報保護なんたらとか、どうなってんすか」
「世間話の範疇ってことで。というかお節介な大人たちが心配してくれてるんですよね。君だけじゃなく、おれのことも」
「アンタのことも?」
「そう。おれ、小学生の頃もここに住んでてね。その時色々お世話になったのが忘れられなくて、戻ってきちゃったの」
 恩返しがしたいんだよね、と言ったあと、なぜか再度鍵を差し出されて、だから受け取ってよと続いて、やっぱり意味がわからなかった。

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