「俺だって現状に満足してる」
少なくとも俺の方は、なんて言ったからか、隣から聞こえてきたのは少し不機嫌そうな声だった。
「強引に口説いたとは思ってないし、別に脅したつもりもなかった。俺と付き合うのはきっと都合がいいだろうと提案しただけだし、事実だったからこうして関係が続いてるんじゃないのか」
「いやだからそれ、そんなのに納得して良好な関係が続いてるとかちょっと信じられないじゃん?」
どう考えたってけっこう難アリ物件のお前相手に、という言葉に内心首を傾げる。けっこうな問題のある恋人、だなんて感じたことがないからだ。
でもまだ知らないってだけなんだろう。そう思ってしまうくらいには、出会ったばかりのこの男の言葉を信じられてしまう。
過去の恋人の話なんてわざわざ聞かないけど、結構な人数と付き合ったり別れたりを繰り返してきたんだろう気はしている。つまりそれは、恋人関係を長く続けられないとも言える。
そう思うと、そんな男相手にこのままダラダラと恋人を続けていられると考えていたこと自体が、間違っていたのかも知れない。
相手を落とすゲームだの言ってたのを覚えているから、中には落とすまでを楽しんで付き合ったあとはあっさり熱が冷めた恋人とかも居たんだろうとは思うけど。でも自分含めて、そうじゃない恋人だって居たはずだ。
自分としては、まだたった半年って思うんだけど。でも半年っていうのは、血縁関係はなくても一緒に暮らしていたことがある家族同然の男に、「良好な関係が続いてるのが信じられない」と言われるほどの長さらしい。
そんな事実、知りたくなかった。いったいどんな理由で別れを切り出されるんだろう。
「実際、現状に満足してるらしいぞ」
「らしいね。まぁなんの不満もなく付き合ってるって感じでもなさそうだけど」
突然知らない男が家に上がり込んでて随分不安そうだよと言う指摘に、彼は嫌そうな声で、誰のせいだと思ってると返している。それはそう。でもこの不安の一番の原因は、突然知らない男がリビングに居たことじゃない。
このあと突然突きつけられるかも知れない別れに、すっかり怯えてしまっている。
「俺の存在隠してるとか思わないじゃん」
「居ないのにわざわざ説明する必要もないだろ。こんなあっさり戻って来るとか思わなかったし」
「嘘ばっか。こんな子恋人にしたら、俺が戻るのわかってたでしょ」
「え?」
「君、俺をここに引っ張り戻すために利用されたかもよ? って言ったら、こいつ見限って別れちゃう?」
「別れてって、言われたら」
それが事実で、もうお前は必要ないからとか言われて別れを切り出されるなら、多分きっと受け入れるだろう。だって別れたくないと縋る理由がない。
不安になって怯えるのは、別れてって言われたら終わるのが確定しているせいで、でも別れたいなんてちっとも思ってなくて、続けられるなら続けていたいと思っているらしい。
しんどいって思うことがなかったからあまり実感してなかっただけで、結局、自分ばかりが好きな片想いは始まっていたってことなんだろう。気づかないままでいたかったけど。こんな場面で気づきたくなかったけど。
「ちょっ、ごめん。うそうそ。利用なんかしてないし別れてとか言わないから」
眼の前に座っていた男がガバっと立ち上がったかと思うと、小走りで机を回り込んできて、いきなりぎゅっと抱きしめられてしまった。
さっきからずっと堪えていた涙がとうとう溢れてしまって、どうやら相当慌てさせてしまったらしい。なんで慌てて慰めてくれるのがこの人の方なんだと思うと少し笑ってしまう。
まぁ彼は隣りに座っているから、こちらの涙に気づかなかっただけなんだろうけれど。ってことにしておこう。でも気づいたからって、こんなふうに慌てて慰めに来てはくれないだろうなとも思うけど。
「ねぇ、寝室って」
「たまに掃除はしてる」
「じゃあちょっとこの子借りてくね」
ちょっと二人だけで話をしようと言われて連れて行かれたのは、開けたことのないドアの先だった。
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