素直に意味がわからないと言えば、深い溜め息を吐かれたあとで、だろうねと肯定されてしまう。いや、欲しいのは肯定ではなく説明なんだけれど。けれど暫く待っても、続く言葉はなかった。
とうとう腕を緩めて顔を上げる。先程の口調から、嫌そうな顔とぶち当たるのかと思ったら、困った様子の苦笑を浮かべている。
「あの……」
「からかってやろう、みたいな気持ちはないし、嘘は言ってないよ」
「あー……うん」
例えばにやにや笑われていたら、からかわれたんだって思ったかも知れないけれど、この苦笑を前にからかわれてる可能性なんてチラとも考えなかった。もちろん嘘を疑っても居ない。ただ、意味のわからなさが増した気がしてるだけだ。
「変な顔」
「その指摘は要らねぇ。てかお前のせいじゃん」
「そうだね。目ぇ赤くなってるよ」
「泣いてたからな!」
「うん。泣かしてごめんね」
「あ、いや、それはお前のせい、だけでは、ない、というか、その」
そっと目元を撫でる指先と優しい声音の囁きにあからさまに狼狽えれば、相手がおかしそうにクスクスと笑うから、なぜか少しホッとしてしまった。
「俺のせいで泣いたって言っていいのに」
お詫びにいっぱい優しくしてあげるよと続く声も楽しげだけど、さすがにこれはからかわれている気配が濃厚だ。せっかくの安堵が吹っ飛んで、なにやら恥ずかしさが込み上げる。
「おまっ、やめろよっ」
「何を?」
「からかってる」
「からかってないって」
「笑ってた」
「それはあんたが可愛い反応してるからでしょ」
「かっ、かわっ!?」
この男の口から、可愛いなんて評されたことなど、もちろんない。何を言ってるんだと焦る気持ちと、さらなる羞恥に襲われて、言葉は喉に詰まった上にいささかひっくり返ってもいた。
それを更に楽しげに笑われて、でも、可愛い反応と言われたせいか、どことなく視線が優しいような気がしてくるから、なんだかもうますます恥ずかしくて、どうしていいかわからなくなる。
「ますます可愛いことになってるんだけど」
「やめろっ」
「なんで? 俺は楽しい」
「クソすぎんだろ」
「でもそんな俺も好きだったり?」
「うーるーせー」
「あ、否定しないんだ」
驚かれてから、しまった、と思ったがもう遅い。しかも相手が目に見えて嬉しそうに笑ったから、むしろその笑顔に見とれてしまった。
「なに?」
「なに、って?」
「俺のことジッと見てるから」
「あー……その、俺がお前を好きだったら、お前、嬉しいの?」
「え、そりゃ嬉しいでしょ」
「そ、っか」
「からかってないし嘘でもないって言ったじゃない。好きだよ」
好きな子と両想いなら嬉しいのは当然でしょと続いた言葉を疑う気にはなれないのに、でもそれを素直に喜ぶ気になれないのは、絶対、さっきの嫌そうな声音のせいだと思う。
「でもお前、めちゃくちゃ嫌そうだったんだけど」
「何の話?」
「さっきの話」
「さっき、って、あんたが好きだって言ってるのと変わんないのに全く気付いてないんでしょ、ってやつ?」
「まぁ、そう」
「そりゃ嫌にもなるでしょ、色々と」
「だからその、色々ってなんだよ」
「色々は色々、だよ」
濁すくらいには、言いたくないような事らしい。気になりすぎる。そんな気持ちで見つめてしまえば、小さく諦めのため息らしきものを吐いた後。
「だからさ、半分は自業自得なのもわかってるけど、残り半分は間違いなく、あんたがややこしいことするせいで、色々無駄にしてきたんだろうなぁっていう、残念感とか怒りとか、そういうのだって。自覚して嫌気が差したの」
そんな、わかるようなわからないような説明をくれた。
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