これを最後とするべきかどうかの未来。攻め視点。
背後から名前を呼ばれて反射的に振り向けば、そこには捨てた男が立っていた。
「久しぶり」
笑顔はないが、怒っている様子でもない。
「……ああ、うん」
頭の中では、なぜ彼がここにと驚きも動揺もしているが、実際ははそんな間抜けな同意しか返せなかった。
「話、したいんだけど。家、行ってもいい?」
「そ、れは……」
彼と関係があった頃とは違って、現在は古い安アパート暮らしだ。月に数度の彼との逢瀬のためだけに、そこそこの賃貸マンションの一室を借りていられた経済状況など、今はもうなかった。
かといって、この近辺で個室を借りて話せるような場所に思い当たらないし、そのための出費を惜しいと思う程度には金銭的な余裕もない。けれど捨ててきた男との話なんて、人の目がある場所で語れる内容でないのは明白だ。
「ちなみに、今、どんなとこ住んでるかは知ってる」
こちらの躊躇いの意図を察したらしい。というか、ここに来たことを含めて、現在の自分の状況はかなり把握されているんだろう。探偵でも雇って調べさせたのかも知れない。
「わかった。いいよ」
告げて歩き出せば、相手は黙って付いてくる。アパートに着くまで、結局それ以上の会話はなく、二人無言のままだった。
部屋に上げて適当に座ってと促したあと、とりあえず茶を淹れにたつ。
この部屋に他者の気配があるということが、不思議で仕方がない。しかも相手は、二度と顔を合わせることもないだろうと思っていた男だ。
自分の中では綺麗なまま残しておきたい記憶だったけれど、これもきっと自業自得な結果の一つなんだろう。
もともと互いの私生活を明かしもしなければ踏み込むことも踏み込ませることもなく、つまりは割り切ったお付き合いに近いものではあったけれど、それなりの期間、関係を継続していた相手に対し、何も詳細を告げずに一方的な別れを突きつけて逃げ出したのはこちらだ。
抱き潰して、彼の言い分を一切聞くことなく姿を消してしまったわけだから、文句の一つも言わずには居られない、という心境になっていてもおかしくはない。
「どこまで知ってる?」
お茶を出して相手の対面に腰を下ろして、まずは相手がどこまでこちらの事情を知っているかを問いかける。
「多分、それなりに。ざっくり、ゲイバレして離婚。慰謝料・養育費その他諸々で、実親からも縁を切られて、現在は縁もゆかりもないここに辿り着いて、一応は正社員の仕事についての一人暮らし。恋人の影はなし」
「調べるの、結構金かかったんじゃないのか」
「まぁ、それなりに。でも、どうしても確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
「俺と恋人になりたい気持ちがあるかどうか」
「え……?」
「慰謝料も養育費も一括で払って、色んな人と縁切って、今、なんの柵もないフリーってことでしょ? その状態なら、俺と、恋人になっても問題ないんじゃないの、って」
「いや、それは……」
「俺のこと、嫌いになったから切ったわけじゃないよね?」
もちろんそうだが、正直彼の言葉の意味が理解できない。どう考えたって、こちらが家庭で解消できないストレスやら性欲やらを解消するために会っていただけの関係だ。金銭のやり取りこそしていないが会えばそれなりのものを奢ったりプレゼントしたりしていたし、金の切れ目が縁の切れ目になって当然な相手だったはずだ。
「それともやっぱ、ちょっと贅沢させれば足開いて好き勝手させてくれる、都合がいい相手でしかなかった?」
「そんなはずないだろっ」
思わず否定はしたけれど、だからといって、彼と恋人になりたいだとかを考えたことはない。というか彼に限らず、男の恋人を持つという人生を、今まで一度だって考えたことがなかった。
ああ、でも、彼が言う通り、色々なものとの縁が切れて、何の柵もなくなった今は、男の恋人を作っても問題はないのかも知れない。
「いやでも、俺は、お前に執着してもらえるような男じゃ……」
贅沢させれば足を開いて好き勝手させてくれる、などと思っていたつもりはないが、自分の欲望を開放して好き勝手するようなセックスばかりしていた自覚はある。
「あなたを本気で惚れさせて、あなたが俺なしじゃ居られなくなったら、今度は俺があなたを、捨ててやりたいんだよね」
「え、あ、ああ……なるほど」
「って、そこで納得しないで欲しいんだけど。てかそう言われたら納得して、俺の復讐のために恋人になってくれたりするの?」
「俺なんかに構ってる時間が無駄になるんじゃないのか、とは思うが、俺に復讐しないと次の相手に行けない、みたいな話なら、まぁ……」
相手は呆れた顔になって、深々とため息を吐いている。
「じゃあそれでいいや」
「それでいい?」
「俺の復讐に付き合って」
「本気か?」
本気だと言った相手は連絡先を交換したあと、また来るからと言ってあっさり帰っていったが、それから本当にちょくちょくと顔を見せるようになった。
そこそこの距離があるのにものともせずやってきて、この安アパートに嬉々として泊まっていく。セックスも今まで通りでいいというが、ここに住みづらくさせてやろうという意図があるのかと思いきや、必死に声を出さないようにと気を遣っている。
声を出すまいとする相手を追い詰めて、こらえきれずに声を上げさせる瞬間にたまらなく興奮することを、知られているからかも知れないが。
とっくに本気で惚れている。というよりも自覚が追いついてきたという感じで、彼のことを手放しで愛しいと思うようになっている。もう、彼なしじゃ居られない状態になってそうだとも思うけれど、また来るねと満足気に笑う彼は、まだしばらく復讐を遂げる気がなさそうだった。
1ヶ月経過したので、今回の更新期間は終了します。
次回の更新は10/26(水)からの予定です。
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