優しく慰める言葉を持っていなくても、彼が傷つく言葉を吐き出さないことくらいは出来る。抱きしめてやれる腕もある。
これ以上、泣かせたくはなかった。
「大丈夫だから、も、泣くな。別れるなんて、言わないから」
「ほんと、に?」
「ああ。だからまずはその涙どうにかしろ。いったん落ち着け」
「うん」
ふふっと笑って、こんなに近いのすごい久々で嬉しいと漏らす声は、まだ湿った涙声だ。けれどもう、辛いだとか苦しいだとかのしんどい思いを絞り出すみたいな、切ない響きはしていない。むしろ、ほわりと柔らかな響きをしていてホッとする。
しかし、声音とは裏腹に、きゅっと抱き返してくる腕はまだどこか必死さが滲んでいた。
離れたくないと訴えるようなその腕に抱かれ、じわりと胸のうちに広がるのは多分愛しさなのだと思う。
相談もなく一人で先走ったことへの呆れや苛立ちはあるが、捨てないでと泣いて縋られても、みっともないとも面倒くさいとも思わなかったのだ。勝手に別れを想像されたことに怒りを覚える程度には、自分だってきっと、この関係を大事にしている。
なだめるようにポンポンと何度も背中を撫で叩き、相手が落ち着くのを待つこと数分。やっと背に回った腕から力が抜けて、ゆっくりと相手の体が離れていく。
「も、いいのか?」
「ん、ありがと。泣いて、ごめんね」
照れくさそうに微笑む顔は、更に目元が赤くなってしまったけれど、それでも穏やかだ。
「よし。で、どうする?」
「どうする、って?」
「泣いて自分の尻弄る前に、お前がやれること色々あるんだけど、って話」
さっき、何が出来るか分からなくて、どうしたら良いかもわからなくて、こんな事になってると言っていたけど。こちらからすれば、なんでそうなるとしか言いようがない。
話し合いはきっと長くなるだろう。そう思って勝手に腰を下ろしてしまえば、相手も少し迷った後で正面に腰を下ろした。しかも正座で、またどこか緊張を孕んだ顔になっている。
「た、たとえ、ば……?」
「俺とエロいことしたいなら、まずはその口使って俺と話し合えよ、ってやつだな。で、マジでしたいわけ?」
「そりゃしたいよ。したがって嫌われたり振られたりは絶対嫌だ、って思うだけで」
「一生分のセックスしたのに?」
「それ、お前は別ってこの前も言ったよね?」
「でもお前の第一の目的は達成してるだろ。俺と恋人って関係になって、自分のものだから手ぇ出すなって周りにも言えてる。自分の欲の解消を目的としたセックスは要らないとも言ってたよな。確かに、したいと思って貰えるように頑張るとは言ってたから、そういうことも込みの恋人関係を求めてるのはわかってたけど。でもここまで切羽詰まって俺とどうこうなりたいと思ってるの、マジで意外だったんだけど」
「え、そんな意外? え、俺がお前とそういうことしたがるの、お前からすると当たり前じゃ、ない?」
嘘でしょって感じに驚かれてしまったが、当たり前だと思ってたらこうはなっていない。
「当たり前と思ってなかったから驚いてる」
「え、っと……元カノ抱いたのって、相手のこと好きだったからじゃなくて? 何か弱み握られたとか、土下座で頼まれて仕方なく応じたとか、そういう特殊な事情?」
「いや待て。元カノの話は関係ないだろ?」
「なくはないでしょ。ちゃんとお付き合いしてる恋人だよ? 好きな相手だよ? 抱きたいって、普通に思うものじゃないの?」
「俺とお前に、男女の恋人の普通がまず当てはまらないだろっての」
「恋人抱きたいかどうかに、その相手が男とか女とか関係ある? 俺としては、初恋相手とやっとやっと恋人関係になれたんだから、やりたいって思うのは当然でしょって感じなんだけど」
「俺の感覚で言えば、そういうのも自分の欲の解消のためのセックス扱いだな。だから、そういうのは要らないって言ったお前が、俺とそこまでしたがってる認識がなかった」
「え、ええ……」
まじで、とボヤかれ、更には途方に暮れた顔をされてしまったが、恋人の気持ちそっちのけで自分が抱きたいかどうかって話でしかないなら、それは自分の欲の解消目的ってことじゃないのか?
「恋人抱きたい男の気持ちが全くわからないわけじゃないけど、俺自身は相手に無理させてまで抱きたいとは全く思えないし、それを性欲薄いって言うならそうなのかも知れない。けど、一生分のセックスしたとか、欲の解消のためのセックスは要らないとか言ってるお前も、同じだろうって思ってたのかも」
そっか、と言った後しばらく何かを考えて黙ってしまった相手を、こちらも黙って見守った。
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