言葉が足りないのはお互い様なのに、聞けばよかったと自分の非にして、こちらを責めるようなことはしない。そういうところにも、きっと、甘えている。
そういう事実を、相手には知っておいて貰った方がいいのかも知れない。
随分と緊張が緩んだからか、相手は正座を崩したというのに。今度はこちらが、思わず正座をしてしまう。居住まいを正すこちらに、相手は不思議そうな顔をした。
「この際だから言っておくと、お前が俺を好きなことに、俺は結構甘えてる」
「え? そうなの?」
「やっぱそんな自覚、ないよな」
「えと、どんな時に? ちょっと記憶にないんだけど」
全く思い当たるフシがないと首をひねっているが、それはきっと、彼が想定する「甘えられる」とは違うせいなんだろう。
「多分、お前が想像した、甘えられるとは違うと思う」
「ええっ、どういうこと?」
「お前が俺を好きで、俺をそう簡単には離す気がないって知ってるから、とりあえず付き合うけどセックスは無しをお前に受け入れさせたまま放置できたり、そんなにエロいことしたいなら俺と話し合えよって言えるってこと。それが許されるって知ってて、甘えてんだよ、お前に」
「んん? よくわかんないんだけど、それって、甘えてるの? 俺に?」
「じゃなきゃ、こんな強気でお前相手に恋人やってないって」
「強気で、恋人……」
今思い当たったような顔をしているから、今までこの力関係を意識せずにいたのだとはっきりわかる。気にならないのか、「初恋相手と恋人」という状況に浮かれて気づいてなかっただけか。多分、後者だ。
「お前はさ、自分が追いかけて手に入れた恋人って、多分、俺が初めてだろう?」
彼の友人関係や過去の女性関係なんてたいして知りもしないけれど、でも顔の広さと要領の良さは知っている。関わる人の多さの割に、彼周りでの揉め事をあまり知らない。良好な人間関係が顔の良さだけで維持できるはずがないから、つまりはコミュ力が高いと言うか、人付き合いが上手いのだ。
だから、手放したくなくて、嫌われるのを恐れて、その相手とうまくコミュニケーションが取れなくなるなんて経験、きっと少ない。
「俺から好きになって付き合ってもらった子は他にも居たけど、でもまぁ、追いかけてまで手に入れたって部分で言えば、そうだね。我ながらめちゃくちゃ頑張ってたと思うし。で、それが?」
「多分経験がないだろうから、知っておいて、ってだけ」
「知っておいて?」
「俺が強気でお前を振り回すのは俺が甘えてる部分が大きいんだって知っておけば、お前が不安に思うことも減るかと思って。今回ので、俺も言葉が足りてなかったって、反省したとこあるから。知ってて貰うだけで回避できることもあるかなと」
「ああ、うん。わかった。今言われたこと、忘れないように、する」
「あと、俺は俺で、俺の恋人を甘やかすことだってするし、大事にだってする。俺がお前に甘えすぎてお前をつらい目に合わせたり、しんどい思いをさせたりするのは、俺にとってはただの失態で、そんなの欠片も望んでない。だから、お前は俺に、甘えすぎって言ってもいい。ていうか、しんどくなる前に言えよ。ちょっと甘えすぎてない? くらいなら、笑って俺に指摘できるだろ?」
「あー……ああ、そう繋がって……」
ふふっと笑って、またしても、かっこいいなぁ、などと漏らしている。
「おいこら、俺は真剣に言ってんだぞ」
「わかってるよ。俺も真剣に言ってる。俺の彼氏、マジ、ヒーロー」
どこまでも優しくて強くて格好良いよと笑う。
「今までもいっぱい助けて貰ってたけど、恋人っていう特等席で大事にして貰えるの、ほんと、凄い」
「今更何言ってんだ」
「今更なんだけど、改めて噛み締めてんの。今日もさ、押しかけてきた最初っから、泣いてる恋人置いて帰れないとか、大丈夫だから助けてって言えよとか、も、ほんと、カッコ良すぎて惚れ直すどころじゃなかったもん」
「いやお前、ずるい連呼してただけだけど!?」
別にずるくないだろと、先程は飲み込んだ言葉を吐いても、相手は意見を翻すことはなかった。
「いやいや、ズルいでしょ。だって、格好良くて優しいとこ、これでもかって見せられて、俺ばっかり惚れさせられてんだよ?」
俺なんかみっともないとこばっか見せて、惚れ直して貰うどころじゃなかったじゃん。と続いた嘆きに、そうでもないけど、と思う。
「惚れ直したとは言わないけど、お前のこと、相当好きなんだなぁとは思ったぞ」
縋られる腕の中で、彼への愛しさを感じたことを忘れてはいない。
「嘘でしょ!? どこにそんな要素が? てかいつ!?」
「お前が捨てないでって泣いて俺に縋ったとき?」
「ますますわからないんだけど!?」
怒ってたし呆れきってたじゃんという指摘は、間違ってはいないけれど。
「怒って呆れてても、お前をみっともないとか、面倒くさいとか、ましてや別れたいなんてちっとも思わなかったんだから、そういうことだろ。まぁ、そんな風に思い知りたくはなかったけど」
「やっぱ全然喜べる話じゃないじゃん。てかさ、思ってたよりずっと、俺はお前にちゃんと恋人として想って貰えてるってのはわかったんだけど、俺が何したら覚悟が決まるとかって、あるの? あとやっぱ一番気になるのは、俺がお前を抱きたいって思ってるの、お前にとってはかなり負担? 無理させちゃう?」
でも俺が抱かれる側やるのも乗り気じゃないんだよね、と続いて、そういやエロいことがしたいなら話し合え、の最中だったことを思い出す。すっかり脱線しきっていた。
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