気が抜けて正座を崩せば、相手がズズッとにじり寄ってくる。
「キスしていい?」
「ああ」
小さく頷いて、瞼を落としながらこちらからも顔を寄せていく。
すぐに深いキスへと変わるのかと思ったら、何度か軽く触れ合った後で相手にゆるりと抱きしめられた。
「あのね、俺は確かに泣いてたし、原因にお前が全く関係ないわけじゃないけど、お前が想像してる理由とは、もしかしたら違うかも知れない」
耳元でそっと囁くように告げられる声は、やっぱりどこか楽しげだ。
「違う?」
「だって俺、お前が俺を抱きたいよって言ってくれてたら、泣きながらお尻弄ったりしなかったもん」
「は? なんだそれ」
意味がわからない。
もしこちらから抱きたいと言っていたら、むしろ張り切って弄ってそうな気がするのに。抱きたいと言われていたら弄らないってのはどういうことだ。
「お尻上手に慣らせたら抱いて貰えるの確定してたら、悲しくなるようなこともない。って話」
「あ、ああ、そういう……」
どうやら、張り切って弄るから泣いたりしない、という意味だったようだ。いやまぁ、張り切って、とまでは言ってないけど。
「俺がどんだけ頑張ったって、お前がその気にはならないかもってのが一番の不安だった。頭ん中では散々、バカなことすんの止めろって言われてたしね。意味ないことしてるとか、こんなことしても無駄だとか、そういうの考えながら、それでもほんのちょっとの希望に縋って、お尻いじって広げようとしてる自分が、惨めで、寂しくて、しんどいってだけだったんだよ」
「そっ、……か」
さっき同じようなことを言いながら泣いていたのを思い出す。思い出して、なだめるみたいに背を撫でてしまう。
今は泣いているわけじゃないからか、それとも先程を思い出してか、相手がくすぐったそうに背をよじって、ふふっと軽い笑いが漏れてくる。なので、背を撫でるのはやめて、こちらからも抱き返すだけにした。
気持ち、キュッと強めに抱きしめてしまえば、応じるように相手の腕の力も少し強まる。
「ついでに言うなら、ローションは優秀」
「は?」
「惨めで寂しくてしんどいって泣いたけど、お尻の穴弄って広げてディルド突っ込むのが、痛いとか苦しいとかしんどいって理由では泣いてないんだよね」
「いやでもお前、一番細いのしか使ってなかったろ?」
思わず顔を動かし、布団の上に転がったままのディルドを確認してしまう。ゴムを被って濡れ光っているのは、一番細いディルドだ。
この細さで泣くほどの苦行。というわけではなかったが、ローションがあれば痛くないとか苦しくないとかは言い過ぎではとも思う。
こちらが顔を動かした理由には気づいているようで、腕の中、相手はまた楽しそうに背を揺らしている。
「それ、今日はまだ、だよ」
「マジか……」
てことは、近くに転がっている、もっとサイズの大きなバイブもディルドも、彼の中に入ったことがあるってことか。
「意外となんとかなる。というのは自分の体で実証済み」
「太い方も、ローション使えば痛くなくて苦しくないわけ? マジで?」
信じられないんだけど。という気持ちを込めて聞いてしまえば、いやさすがに、と言葉を濁されてしまった。ほらみろ。
「お前のおちんちんなら苦しくても痛くても我慢できるのに。むしろきっと嬉しいのに。って思ってめっちゃ泣いた」
「そういう報告ヤメロ。俺が同じように思うかはわかんないんだから。てかお前、そこまで自分の開発すすんでて、俺を抱く側でいいのかよ?」
抱いて欲しくてここまで頑張ったんだと主張されたら。抱いて貰えないのが辛くて泣いていたと言われたら。きっと……
「うん。俺が抱くほうが、多分、お互いに気持ちよくなれるし幸せになれると思う。お前を気持ちよくするための犠牲だったと思えば問題なし」
そう断言されて、少しばかりホッとする。正直に言ってしまえば同意見だ。
本気で抱かれたいと言われたら、きっと抱けないことはないけれど。でも彼に対して抱きたい欲求があるわけじゃない。抱きたい欲求がはっきりある側が、抱く側を担当したほうが絶対にいい。
「そういや、いつか抱くのオッケー貰えたとき役に立つかも、とかいうのも尻いじってた理由の一つだったか」
「そうそう」
「で、俺を気持ちよくするための犠牲ってことは、気持ちよくなれるとこまで行ったわけ?」
惨めで寂しいと泣きながらも、体は気持ちよくイケたとか言うのだろうか。それはそれで恐ろしいような気もするのだが。
「そこまで行けたら、お前襲って乗るのも有り、くらいのことも思ってた」
やはり思考が切羽詰まり過ぎだなぁと思ったけれど、その指摘はやめておいた。過去形だし、そこはもう、解決ってことでいいはずだ。
「つまり気持ちよくはなれてないと」
「惨めだ、寂しい、しんどい、がなければ、もうちょっと掴めてた可能性はある。気持ちいいに集中できるか、気持ちの問題って大きいよね」
まぁそうかも知れない。惨めだと泣きながら気持ちよくイッてたと言われるよりは、素直に納得出来る。
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