無い物ねだりでままならない5

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「おい、余計なこと言うなよ」
 低く響いた声に、相手が肩をすくめて教えちゃダメだってと笑う。先輩から何かを聞いて興味を持った、というのは明白だけれど、何を聞いたか言えないとなると、やはり容姿絡みなんだろうなと思って小さくため息を吐いた。
「可愛い自覚はあるんで、どれくらい可愛いか確かめたかったって言われても、別に怒ったりしませんよ?」
「そっかぁ。怒んないか〜」
「もしかして怒らせたいんです?」
「まさか! 君の可愛さ確かめに来た、ってのであってるよ」
 ニコニコ笑顔を絶やさない相手をじっと見つめてしまえば、笑顔がすっと引いて相手もまじまじとこちらを見返してくる。今度は間違いなく、値踏みされている視線だった。
 一気に居心地が悪くなって、でも視線をそらすのは癪で睨みつけてしまう。
「あっ……」
 漏れたのは自分の声だ。
「見るな。探るな。確かめるな」
「はーい」
 先輩に目元を覆われた相手がすぐにやたら素直に了承を返したから、先輩の手もすぐに相手から離されたのに、なんだか胸の奥がもやりとする。
「ごめんね?」
「いえ……」
 また相手の視線が何かを探るように向けられかけて、ハッとした様子で相手が思い切り顔を横にむけた。先輩の言いつけを守るために、顔ごと逸したらしい。
 ただ、口元に手を当てて何かを思案している。……と思ったら、どうやら笑いをこらえている。
 肩が小さく震えて笑いを噛み殺しているらしい様子に戸惑って、助けを求めるように先輩を見遣ってしまえば、小さなため息のあとで相手の頭をパコっとはたいた。
「笑ってないで箸をとれ」
「だってぇ」
「だってじゃない。というかお前、相手が年下だからって失礼がすぎるぞ」
「うん、それは、本当にごめん。ごめんね」
 先輩に謝ったあと、こちらにも再度謝罪をしたあと、相手は一度大きく深呼吸をして気持ちを切り替えたらしい。
「よし、じゃあ、食べよう。俺のせいで待たせちゃったよね。ごめんね」
 またしてもごめんねを繰り返しながら、パンっと音を立てて両手を合わせた相手が、いただきますと声をあげる。
「いただきます」
「いただきます」
 先輩がそれに続いたので、自分も同じように告げて箸をとった。
 その後は鍋をつつきつつ、相手が知らないサークルでの先輩の話や、こちらが知らない先輩の昔話などを取り混ぜながら、基本はやっぱり他愛ない話をして時間が過ぎていく。
 彼が来なければ知ることがなかった先輩の過去話を聞けたのは嬉しかったが、こちらが話す先輩との話を本当に楽しげに聞く相手と違って、こちらはずっと胸の奥に何かが引っかかって心底楽しめはしなかった。
 どうしてもクリスマスデートを邪魔されたって気持ちが残っていたせいで、多分、彼らの過去の楽しげな時間に嫉妬していたんだと思う。
 腐れ縁の親友だって言うんだから、彼らがともに過ごしてきた時間は圧倒的に長く、目の前で繰り広げられる気安い応酬だってなんの不思議もないのに。他人とこんなにも距離が近く接する先輩を見て、いささかショックを受けた部分もあるかも知れない。
 お前は他人との距離感が近すぎると指摘されたくらいだし、先輩ともかなり距離が近いのだと思っていたせいだ。別に全然近くなかった、という現実を突きつけられて、自意識過剰っぷりが恥ずかしい。
 なお、全員お酒が飲める上に、先輩が用意していた飲み物の中にはちゃんとアルコール類も混ざっていたのに、結局最後まで一滴も飲まないシラフ状態を貫いた。飛び入り参加の親友が酔っ払って余計なことを話すのを恐れた先輩が提供を拒否したせいだ。
 先輩はこちらには飲みたければ飲んでいいと言ってくれたが、年上2人が飲まない状況で自分だけ飲みたいとは思えなくて断った。酔っ払って余計なことを口走って困るのは自分も一緒だと、わかっていたせいもある。
 過去の恥ずかしいアレコレだって知られている仲なのだろうから、先輩はそれらの暴露を心配しているんだろう。そうは思うのだけれど、でも、食べだす前に余計なことを言うなと言った先輩と、教えちゃダメだってと笑った相手のことを頭の隅から追い払えない。
 ちゃんと気を遣って貰ってて、2人だけが通じる話なんて一切されなかったのに。そろそろお開きにと言われてめちゃくちゃホッとしたくらいには、しんどい鍋パになっていた。

続きました→

 
 
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