追いかけて追いかけて11

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 暫くして隣室から出てきた彼はやはり怒っているのか、なんとも不機嫌そうな顔でこちら向かってくる。身構えつつも黙って待ってしまったのは、彼の突然の来訪に自分が関与しているのだと、彼が教授と話している間に、なんとなく予想をつけてしまったからだ。
 傍らまで来て足を止めた相手は、教授の許可は貰ってるから帰る支度をしてと言った。どこに連れて行かれるんだろうとは思ったが、わかりましたと答えて片付けを開始する。ほぼ命令調で帰り支度を促した相手の方が、一瞬呆気にとられた顔をしたのがなんだかおかしかった。
「お待たせしました」
「うん。じゃあ、行こうか」
 先程帰り支度をしろと告げた声よりも、ずっと穏やかで柔らかい。支度をしている間に何か思うところがあったのか、怒っているような不機嫌さはいくぶん鳴りを潜めて、けれど今度は困惑と戸惑いとが滲んでいた。
 お先に失礼しますと告げて、並んで研究室を出る。気まずそうに付いてきてと言ったきり、相手は黙って大学の敷地内を歩いて行く。駅とは明らかに方向が違うが、どこへ向かっているのかと聞くことはせずに、大人しく相手のあとを追った。チラッと盗み見た横顔はまた少し不機嫌そうで悩ましげだった。
 連れて行かれたのは時間貸しの駐車場で、どうやら今日は車で来ていたということらしい。免許はあるが自分の車は所持していないと言っていたし、これは多分、たまに借りると言っていた彼の親の車なんだろう。
 会う時はだいたいお酒有りの食事をするのもあって、今まで彼が車で来たことはなかった。車そのものもだけれど、彼の運転する姿を見るのも初めてだと思うと、少しだけ気持ちが高揚する。完全な好奇心という自覚はある。彼への興味はやはり変わらず、どうしたって尽きそうにはない。
 せっかく突き放したのに、こうやってこちらの興味を煽ってくるのは、はたしてわざとなんだろうか。しかし、どういうつもりかとは、やはり問えそうにない。
「乗って」
 リモコンで解錠すると共に促されて、だまって助手席側に回り込んでドアを開けた。相手は運転席側に立っているものの、ドアを開ける気配がない。大人しくこちらが乗り込むまで、油断がならないとでも思っているんだろうか。ここまで付いてきて、今更逃げ出すはずもないのに。
 助手席に腰を下ろして、シートベルトまでしっかり着用すれば、ようやく運転席側のドアが開く。腰を下ろすのを黙って見つめてしまえば、なぜか相手の方が酷く居心地が悪そうだった。
 しばし逡巡したあと、ゆっくりとこちらを振り向く。その顔がなんだか泣きそうにも見えて、さすがに首を傾げてしまった。
「君は、……俺が、怖くは、ない?」
 戸惑いを乗せながら、迷うように吐き出されてきた言葉に、こちらも戸惑いながら怖くはないですと返す。
「じゃあ、気持ちが悪い?」
「いいえ、別に」
「車なんて閉鎖的な空間に二人きりで、なんとも思わないの? どこへ連れて行かれるかもわからないのに、律儀にシートベルトまで締めちゃって、どういうつもり?」
 どういうつもりって言われても。と思ったら、さすがに苦笑がこぼれ落ちた。
「あなたは、あいつとは違いますから」
 あいつ、という単語に相手が身構えたのがわかる。間違いなく、彼は自分に何が起きたのかを既にしっかり把握している。
「俺が嫌がるような酷いことはしないって信じてるし、そもそも、」
 そもそも相手が彼ならあんな嫌悪感とは無縁だろうと思うし。言いかけてから、慌てて口を閉じた。気をつけないと、色々と本音が漏れてしまいそうだ。
「そもそも?」
「いえ、なんでも……」
 濁して口を閉ざし続ければ、相手も深追いはしてこない。代わりに、諦めのような、覚悟のような、吐息を一つ。
「君の身に何が起きたかは知ってる」
「でしょうね」
「勝手に探ったことは、悪かったとは思ってるんだけど、あまりに突然だったから俺に原因がというよりは、君に何かが起きたんだと思ったし、そう思ったらどうしても知りたかった」
 ゴメンねと困ったみたいな苦笑は、どうやら自嘲しているらしい。きっと理由を言わずに一方的に切ったのは、あの事件を知られたくなかったからだと思っている。さっき謝られたのも、多分、これなんだろう。
「何が起きたか知って、だからそのことで、同じように君を想う俺を嫌悪したんだと、思った。でも、どうやら違うらしい」
 なんでもう会わないと関係を切られたのか、それを知りたいんだと彼は続けた。

続きました→

 
 
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