ここがオメガバースの世界なら12

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 何を言われたか頭で理解するより先に、項に唇を押し当てられて身を竦めてしまう。
「ちょ、くすぐっぁあっっ」
 くすぐったいからやめろという抗議は、途中で驚きの声に変わってしまった。唇が触れていた場所に噛みつかれたせいだ。
 何の覚悟もなかったせいか、以前ほど相手に遠慮がなかったせいか、噛まれる前にその場所を唇で撫でられていたせいか。多分それらが重なって、ゾクリと肌が粟立つほどのくすぐったさに逃げ出そうともがく。このくすぐったさは何だかやばい。
 けれど相手に力で敵うはずがなかった。お腹に回っていた腕が肩を押さえに来て、前屈みになるのも許してくれない。
 強く噛まれているわけではないから痛みはないけれど、何度も繰り返されて腰に熱が集まってくる。やばいやばいと思うなか、ようやく、手を出すってつまりこういうことかと思い至ったけれど、わかったらわかったで益々混乱してしまう。
 なんで突然そんな気になったのかわからないし、だいたい相手にはちゃんと恋人が居るはずだ。試合を見に行くようになったら気付かないわけに行かなかったし、入院先にもお見舞いに来ていた。お見舞いでかち合った時に、紹介だってされたのに。
「ぁ、ぁっ、なんで」
 相手がモテるのはわかっているし、そもそも自分の気持ちに気づいたのも相手に初めて彼女が出来た時だったから、今更彼女を紹介されたくらいで落ち込みはしないのだけど、思い出したらどうしたって胸が痛い。だって恋人がいる状態で、別の相手に気軽に手を出せる男だとは思っていなかった。
 何度か彼女が変わっているのを知っているし、今回の相手ともそこまで真剣な交際ではないんだろうとは思う。でもだからって浮気をしていいはずがない。
「あーくそ、面倒クセェな」
「酷っ」
 唐突に始まった噛みつきは、そんなセリフとともに唐突に終わったが、これは勝手すぎると非難しても仕方がないと思う。
「いや、面倒くさいのはお前じゃなくて足の怪我。っつか、泣くほど嫌ならもっと本気で抵抗しろって」
 どうやら泣き出したことに気づいて止めてくれたらしい。泣かれても気にせず無理強いするような下衆ではなかったようでホッとした。
「退院してきたばっかの怪我人相手に?」
 体格差も力の差もわかりきっているうえで、しかも目の前に投げ出されている足は包帯が巻かれて固定されているのだ。もっと本気を出せと言われても困る。
「人が良すぎだろ。つかやっぱ腐男子っつってもリアルで男相手にどうこうは無理なもん?」
「腐男子以前に、浮気が無理」
「は? 浮気って?」
「お前と何かあったら、お前の彼女に申し訳ないだろ」
 病室で会ってると言えば、ようやく、彼女を紹介済みだと思い出したらしい。
「あー……あれ、な」
「わかったらこの手放せよ」
「ヤダ」
「おいっ!」
「だってもう振られてるし」
「は? ふられた?」
「まぁレギュラー落ち必至だし、部活復帰すら当分先になりそうだし、活躍できない男と付き合ってても意味ないんだろ」
「はぁ?」
「そういう相手ってわかってたから付き合ってとこあるし、気にしてねぇよ」
 それより、と一度言葉を切った相手が、またチュッと項に唇を落とした。ビクッと肩が跳ねれば、クスッと柔らかな笑いが漏れる。
「俺がフリーだったら、もっと手ぇ出しても泣いたりしねぇ?」
 彼女がいるのに、ということばかり考えていたから、そんなことを言われたって、何と返していいか全然わからなかった。

続きました→

 
 
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