涼しいよの言葉通り、玄関をくぐったその先は外より数段気温が低い。なんでかと思ったら、部屋のエアコンが既に稼働していた。
しかも部屋に入るなりリモコンを手にしたかと思うと、ピッピッと何度か音がなって、そのエアコンから更に涼しい風が勢いよく吹き出してくる。どうやら設定温度を下げたらしい。
「もしかして1日中点けっぱなし?」
「うん。さすがにこの時期はね」
金持ってんだなと思って、いやでも働いてるなら当然かと思い直す。スーツを着てるし、こんな時間まで働いてる生活なら、エアコンを点けっぱなしにする電気代を気にせずすむんだろう。
こっちなんて、暑い日中はなるべくバイトを入れまくったり、図書館やら金をかけずに涼めるような場所をうろついたりと、自宅滞在時間を極力減らす努力をしてると言うのに。
自分だって、バイトだけしてればいい生活なら、可能だとは思うけど。でもこの生活が出来るのは長期休暇中だけだ。休暇が終わったあとのことを考えたら、少しでも貯めておきたい。
「あー……家空けてる時間考えたら切ったほうがいいのはわかってるんですけど、まぁ、ちょっとした贅沢という自覚はあるかな。でもほら、さっきもちょっと言ったけど、うちのエアコン去年新しくなってるんですよね。だから長時間稼働してても電気代は安いんですよ。先月の電気代、去年よりかなり安かったから間違いない」
「別に何も言ってないのに」
「だって目が金持ちって言ってるから」
「あーでももし家もエアコン新しくして貰えるなら、電気代安くなるかもなのか」
それは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。頬が緩むのが自覚できるくらいに嬉しい。修理じゃなくて交換になってくれと願わずにはいられない。
「そういや明日の予定は? どうなってます?」
「朝から夜までバイトですけど」
「休憩時間は流石にありますよね? とりあえず大家さんには電話で相談して、なるべく早く修理なり交換なりしてもらえるようお願いするとして、早くても数日はエアコン使えないと思うんですけど」
「あー……」
「てわけでハイこれ」
めちゃくちゃ気軽に差し出されたのは銀色に光る金属で、見慣れたその形から言っても、間違いなくこの部屋の合鍵なんだろう。
「は?」
「おれ、帰宅は毎晩これくらいになるので。そっちのエアコン直るまで、うち、使ってていいですよ」
「いやいやいや。てかアンタほんと、頭大丈夫すか?」
「酷いなぁ。悪い子じゃないんでしょう? それに盗まれて困るようなものは置いてないですし」
でも壊されたら困るものは置いてあるので部屋の中のものは丁寧に扱って欲しい、らしい。いや、そんな話を聞きたいわけではないんだけど。
「悪い子じゃないって言い切らないでくださいよ」
子供扱いされるほど小さくないし、相手との年齢差だってそこまであるようには思えないのに。
「なら君は、おれが居ない間に家探しとかしたいと思うの? たいした現金なんて置いてないし、中古ショップ持ち込んだところで値がつくようなものも多分ないから、したければしたって構わないですけど」
「しないですけど。てか家探ししてもいいってなんなんすか」
「取っ掛かりがつかめるかな、と思って」
「取っ掛かり?」
「んー……君に深入りする、取っ掛かり?」
疑問符が見えそうな語尾の上がりっぷりだった。てかやっぱり何を言っているのかイマイチわからない。この人の口から出てくる言葉は突拍子もないものが多すぎる。
「俺ら、今日初めて顔合わせましたよね?」
「そうだね。でも君の話はちょいちょい聞いてたから」
階下の老人と大家からってことだろうか。その二人にだって、語れるほどの何を知られているのか全く検討もつかないくらい、接点なんてないはずなんだけど。
いやでも階下の老人には、こっちの事情も多少話した気もするか。親の躾がどうのと言われて、思わず言い返しただけではあるが。
「どんな話聞いてんのかしりませんけど、プライバシーの侵害? とか個人情報保護なんたらとか、どうなってんすか」
「世間話の範疇ってことで。というかお節介な大人たちが心配してくれてるんですよね。君だけじゃなく、おれのことも」
「アンタのことも?」
「そう。おれ、小学生の頃もここに住んでてね。その時色々お世話になったのが忘れられなくて、戻ってきちゃったの」
恩返しがしたいんだよね、と言ったあと、なぜか再度鍵を差し出されて、だから受け取ってよと続いて、やっぱり意味がわからなかった。
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