親切なお隣さん3

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 結局、エアコンが新しいものと交換されるまでに5日ほどかかる事になり、お隣さんの合鍵が無ければ結構詰んでた気がする。
 しかも電気代を全く気にしていないお隣さんの部屋の中はかなり快適だ。というか戻った瞬間の部屋の暑さがなく、汗だくになりながら部屋の温度が下がるのを待たなくて良い生活が、こんなに快適だとは思っていなかった。
 いつかは自分も、そんな生活が出来るようになりたい。
 お隣さんは夜が遅いぶん朝が少しゆっくりで、冷蔵庫は大きいのに飲み物くらいしか入ってなくて、基本3食全て外食か中食だと言う。自炊に時間をかけたくないとかなんとか。
 朝はコンビニでパンかおにぎりを買って会社で食べるなんて言うから、初日の朝、泊めてもらった上に合鍵まで借りて、まだ数日はお世話になることが決定しているお礼にと、自宅からなけなしの食材を集めて朝食を振る舞ってしまった。
 それがすべての始まりで、まっすぐ帰宅すればもうちょっと早く帰れるから、朝と夜に食事を作ってくれないかと頼まれた。食費は自分の分も含めて相手持ちでいいと言われたら、そんなの引き受けるに決まってる。
 ただ、さっと差し出された3枚の万札には驚きを隠せなかった。思わず何日分ですかと確認したら、1週間分くらい? と疑問符付きで返されて、自炊をしないから相場が全くわからないらしいと気づく。もしくは、自身の1週間分の朝と夜の食費を、単純に2倍にした可能性。
 一応、夕飯にはビール必須だとか、肉はお安い海外産とか鶏豚禁止で国産牛とかを希望してるのか確認したあと、平日は飲まないし肉への拘りもないと言われて、取り敢えず1枚は返却した。あと、大したものは作れないと念も押しておく。
 外食と中食三昧な人の口に合うものが作れる自信はまったくなかったけれど、ありあわせで作った朝食を食べた後で言い出しているのだから、まぁ、なんとかなるだろう。
 実家にいたころも家族の分を作ることは結構あったし、不味いと言われて残されたことはない。
 そんなこんなで1日2食を共にする生活を5日も続ければ、相手とも大分打ち解けて、口調なんかは相手もかなり砕けてきた気がする。
 ただ、子供の頃もここに住んでいたという相手の昔話を聞くことはあっても、自分の子供時代の話を出すことは出来なかった。胸の中で色んな感情が絡まっていて、人に話せる懐かしい思い出話なんて思いつかない。
 相手も何かを察して聞いてくることはないけれど、でも察しているからこそ、構いたがるんだという事にも気づいてしまった。
 恩返しがしたいから合鍵を受け取れの意味も、もう、わかっていると思う。
 美味しいと言って食べてくれる朝と夜の食事だって、多分、こちらの経済事情をわかっていて助けてくれている分が大きいんだろう。だって本当に凄く助かっている。でも本当は、一緒に食事なんかしなくても、今まで通り外食と中食続きだって、構わないはずだ。
 稼ぎはあるのに好んでここに住んでいる彼は異質で、ここに住んでいるという時点で、基本は経済的に余裕なんてないのだ。母子家庭だった小学生時代の彼も当然そうだったわけで、子どもの彼が周りの大人達のさり気ない気遣いであれこれと助けられていたように、彼自身も困った子供の手助けがしたい。それを恩返しと呼ぶんだろう。
 小学生の子供なんかじゃないんだけど。でも年下で、まだ、学生だから。それで彼の支援対象になっているんだと思う。
 子供じゃないのにいいのかなぁと思う気持ちはあるが、今現在、このアパートに子連れの入居者は居ないし、本当に助かっているし、エアコンの工事が終わるまでは甘えてしまおうと割り切って、快適な日々を享受してしまった。
 部屋が涼しいのも、食費がタダになるのも嬉しいけど、宣言通り本当に大したものは作れていない日々の食事を、美味しいって褒めてくれるのもかなり嬉しい。不味いと言われたことも、残されたこともないけれど、美味しいと褒められた記憶は、そういえば殆どなかった。
 たまにリクエストは貰ったけれど、美味しかったからまた作って欲しい、なんていう頼まれ方はしていない。基本、食べたいから作って、としか言われなかったけど、それでもリクエストを貰うのは嬉しかった。
 それどころか、作ってくれて助かるって言葉すら、最後に聞いたのが何年前か思い出せない。いつの間にか、親が用意できない時は自分で作って当たり前になっていたし、家族の分も一緒に作っておけばちゃんと食べて貰えるってだけになっていたなと思う。
 気づいてちょっと凹んだけれど、だからこそ、大学入学を期にあの家から逃げ出したのは正解だった。親兄弟がなんと言おうと、自分の選択は間違っていない。絶対後悔なんかしない。
 これから先も、そんな正解を見つけては積み上げながら生きていくんだと強く思いながら、最後の夕飯を用意していく。
 明日の日中、自宅のエアコンが新しくなる。

続きました→

 
 
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