親切なお隣さん5

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 土曜の夕方、バイト上がりに待ち合わせたお隣さんに連れて行かれたのは、駅前の小さな洋菓子店だった。暑いしゼリーとか良いよね、というお隣さんの助言により千円ちょっとの小さな詰め合わせを買って、それを手に次に向かうのは大家さんのお宅だ。
 エアコンが新しくなっただけでなく、免責がどうとかで今月の家賃が5千円も安くなるそうで、大家さんに一言お礼しに行ったほうがいいよと言い出したのも、もちろんこのお隣さんだった。
 言われた最初は当然、なんでわざわざそんなことを、と思った。だってそれが仕事なんじゃないの、みたいな気持ちがあった。
 けれど、近いんだから顔ぐらい知っておいたほうがいいよ、だとか。これからもきっとお世話になるよ、だとか。急いで工事すれば家賃を値引く必要はなかったはずだよ、だとか。
 この5千円は大家さんの厚意から出てるお小遣いみたいなもんだから、まるまる自分のものにするより、少しでいいからお礼の気持ちを形に変えて、感謝を示しておくのが良い。らしい。
 どう考えても大家さんよりこのお隣さんの方にお世話になりまくってるんだけど。もしお礼として何か買って渡さなきゃならないなら、お隣さんが先ではみたいな気持ちが強いんだけど。
 でも、絶対行ったほうがいいと真剣に勧められて断りきれなかった。面倒がって、お礼の気持ちなんて何買えばいいかわからない、とか、大家さんちの場所知らない、とか言って渋ったせいで、一緒に選んで大家さんの家まで付きそうから、とまで言わせてしまったのもある。
 あと、行くって言うまで粘られそうな予感がしたと言うか、うんって言うまで引かないなと察してしまった。
「ここが大家さんのお宅」
 ごくごく普通の一軒家の前で、お隣さんが立ち止まる。
「ね、近いでしょ」
「そっすね」
 確かにアパートからかなり近い。というかアパートが向こうに見えているような距離だ。
「じゃ行っておいで」
「え?」
「ん?」
「一緒に行くんじゃ?」
「場所知らないって言うから連れてきただけだよ。エアコン直って快適です、ありがとうございました。って言うだけでいいんだから一人で行っておいで。別に怖いことないから大丈夫」
 そう背中を押されてしまって、あれ? と思う。
 道中なんだかいつも以上に機嫌がいいと言うか、浮かれたような気配がしてたから、てっきりこの人が大家さんに会いたいのかと思っていたのに。もしかして大家さんに会いに行くダシに使われた可能性、なんてものまでほんのりと考えていたんだけど。
 仕方なく、ここで待ってる、というお隣さんを門前に待たせて玄関扉の前に立った。
 ドアチャイムを押せばすぐに応答があって、名前とアパートの住人であることを伝えれば、しばらくしてドアが開き、暑いから中に入るようにと促される。
 大家さんと思しきその人は、老人と言うにはまだまだ若いけれどそこそこ年齢が行ってそうな、ちょっと恰幅の良い男性だった。というか全く初めて会う人ではなかった。
 そういやお隣さんも、たまにアパートの様子を見に来てるとか言ってたような……
「エアコン工事したとこの、だよね。新しくなって問題はない?」
「あ、はい。でこれ、お礼、です」
 ありがとうございました、と言いながら、手にした袋を差し出せば、うんうんと嬉しそうに頷いて、わざわざありがとうと言いながら受け取ってくれる。
「ところでさ」
 お隣さんの名前を出して、持っていけって言われたの? と聞かれたので、素直にそうですと返せば、やっぱりうんうんと嬉しそうに頷いたあと。
「エアコン直るまで泊めるって聞いてさすがにびっくりしたけど、どう? あの子と上手くやれてるか?」
「まぁ、多分。俺のこと、小学生のくらいの子どもと思ってそうですけど」
 今も外で待ってますしと言えば、過保護だなと大笑いされてしまった。確かにそうかも。
 面倒がって渋ったとは言え、随分あっさり付き添いを申し出てくると思っていたが、大家さんに会いたかったってわけじゃないなら、過保護だからという理由はなかなかしっくり来る。
 やっぱ小学生扱いだよな、という気持ちもますます強くなってしまったけれど。
「今は小学生の子供は居ないからなぁ、あのアパート。まぁ泊めてもらって助かったと思うなら、あの子が今してるように、いつか余裕が出来たときにでも困ってる子供を助けてあげたらいい」
「やっぱアンタか」
「なんだって?」
「あー……大家さんがあの人に、恩返しなら困ってる子助けてあげろって言ってくれたおかげで、今回俺が助かったんだな、と思っただけ、す」
 もう一度ありがとうございましたと頭を下げてから、満足気に笑う大家さんに見送られて玄関を出れば、お隣さんがにこにこ顔で迎えてくれる。その顔にホッとしてしまうのは、褒めてくれているとわかるからだ。多分、一人で大家さんにお礼が出来て偉いぞ、って思ってる。
 この安堵はどれくらい相手に伝わっているんだろう?
 子供扱いだなぁと思う気持ちの中に、この人にそうさせてるのは自分の方かも知れない、と思ってしまう気持ちがある。だって子供の頃に、親に見守られながら何かをこなしたなんて記憶がない。それどころか、誰かのお世話になったあと、お礼を言いに行きましょうと促されたこともない。
 大家さんにお礼を持っていく、なんて発想がそもそもなかったのは、そういう子供時代を過ごしてきたから、というのもかなり大きい気がする。
「お疲れ様。どうだった? 大家さん、怖い人じゃなかったでしょ?」
「そっすね。アンタと上手くやれてるかって聞かれました」
「え、それ、なんて答えたの? 上手くやれてるよね?」
「多分、って答えときました。俺のこと小学生くらいに思ってそうって言ったら笑ってましたけど。あと、今回泊めてもらって助かったと思うなら、いつか余裕が出来たときに困ってる子供を助けてあげたらいいって」
 らしいなぁと相槌を打つお隣さんも、大家さんと同じくらい、満足気に優しい笑顔を湛えている。
「でも俺は、困ってる子供じゃなくて、直接アンタに恩返ししたいって思ってますけど」
 いつかそう出来る日が来るといいなとは思うけど、この人が困る時なんてあるのかな、とも思う。
「それ、わからなくはないなぁ。おれも、恩返ししたいなら困ってる子供に同じようにしてやれって言われた最初はそう思ってた。俺の助けが必要なことなんて、あの人にはないから仕方ないんだけど」
 でも今は言われたとおりにして良かったって思ってるよと続けたあと。
「それにさ、昔のおれと違って、君はもう恩返ししてくれてるんだよね」
 そんなことを言われても、全く思い当たることがなくてビックリしてしまった。
「え、何を?」
「何ってご飯作ってくれてるでしょ」
「それ言ったらこっちは飯代出してもらってんすけど」
「君の分含めてでも、外食するよりは安く済んでるし」
 充分恩返しになってるよと言い切られてしまって、納得はできないのに、嬉しいって気持ちだけは溢れてくる。
 今日は何を作ってくれるのかなと言われて、予定していたメニューを告げれば、楽しみだと笑ってくれるから。やっぱり嬉しくて、本人がそう言ってくれるなら、もうそれで良いのかなって思う事にした。

続きました→

 
 
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