勝負パンツ1

 今日は顔を合わせた最初から、恋人の様子がおかしかった。ソワソワしているというか、どこか緊張していると言うかで、内心結構焦っていた。だって思い当たることがない。
 なんせ、互いの誕生日とも恋人同士が抑えておきたいイベント日とも全く近くないのだ。付き合い出した日だとか、初めてセックスした日だとかを今まで記念日的扱いをしたことはないから、そういや初めてセックスした日が近いなとは思ったけど、それはきっとあまり関係がない。
 実のところ、別れ話を切りだすタイミングを図っているのでは、と疑っていた。なんせ予定外の遠距離恋愛中で、ほぼ毎週末会えていた関係から、この半年ほどは月に1度会えるかどうかの関係だ。その月1度にしたって、距離がある分交通費で結構な額が飛んでいく。
 遠距離になってしまったのはこちらの都合なのに、こちらの多忙さを気遣って相手から来てくれるばかりなのも、正直心苦しいと思っていた。こっちでの食事は全て奢っているし、帰りの切符類もこちらが購入しているが、だとしたって、相手の負担の方が断然大きいのはわかっている。
 いい加減付き合いきれないと言われても、新しく気になる相手が出来たと言われても、情けなく相手にすがって考え直してくれと頼む以外の方法が思いつかないし、そんなのに絆されてくれる状況なら、付き合いきれないなんて言い出さないだろうことは想像がついてしまう。彼の性格的に、恋人がいる状態で他の相手と行為をするとは考えられないから、浮気報告という線は薄そうだけれど、それだって絶対にないとも言い切れない。ただそれも、やっぱり彼の性格的に、浮気報告=別れ話になるだろうと思ってしまう。
 別れたいと言われたら、それはもう、ほぼほぼ決定事項で、自分にそれを覆すだけの能力がないのも明白だ。せっかく手に入れた、生涯添い遂げたいと思えるような同性の恋人が、今もまだ、同じように生涯を添い遂げたいと思ってくれているかなんてわからない。
 しかし、そんな心配はどうやら杞憂だった。
 泊まる予定で来ている相手は、別の宿を取っていたりはしなかったし、帰宅後も話がしたいと言い出しはしなかった。いつもどおり、こちらに先にシャワーを浴びるよう促し、その間にトイレであらかた準備を済ませて、入れ違いでシャワーを浴びに行く。つまり、今夜も抱かれる気があるということだ。
 それだけでひどく安堵はしたけれど、でもそうするとますます、あの緊張の意味がわからない。しかも、風呂場から戻った彼は、あからさまにその緊張を膨らませていた。いつもは下着くらいしか着用しないくせに、今日はしっかりと寝間着代わりの短パンとTシャツを着込んでも居る。
 昼間、そういや初めてセックスした日が近いなと思ったせいもあってか、まるで初めての時のような緊張ぶりだと思う。なんだか随分と初々しい。
「なんかすげー可愛いんだけど」
「ぅえっっ?」
「なぁ、なんで今日、そんな緊張してんの?」
「そ、れは……」
「そんな緊張されると、初めてした時のこと思い出すな。大丈夫だからこっちおいで?」
 あの日と同じ言葉を掛けながら、あの日と同じように隣のスペースをポンポンと叩いて誘えば、幾分ホッとした様子で近寄ってきた彼が隣に腰を下ろした。
「で、緊張の原因は何?」
 抱かれる気があるという時点で、別れ話の可能性はなくなったと思っているので、他に考えられる要素はなんだろうと思う。
「何か変な性癖にでも目覚めちゃった?」
「はぁっ!?」
 驚きと不満とがあらわな声音に、どうやら違うというのはわかったけれど、同時にますます難易度が上がる。
「ああ、うん、違うのはわかった。けど、ごめん、全く理由が思いつかない」
 降参だと肩を竦めて見せれば、キッと眉を吊り上げて、お前が言ったくせにと強い口調で非難されて意味がわからない。
「俺が言ったって何を?」
「お前が言うから、買ったのに」
「買った? って何を?」
「パンツ」
「パンツ?」
「勝負パンツだよ!」
「ああ、って、ええっっ!?」
 理解が一気に押し寄せたけれど、同時にひどい驚きに襲われても居た。

続きました→

 
 
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