兄は疲れ切っている1

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 ノックもなしに勢いよく部屋のドアを開けて入ってきたのは兄だった。びっくりしてドアを振り返ってしまったが、兄は無言のままドスドスと荒い足取りで、勉強机に向かうこちらへ近づいてくる。
「なぁ、雄っぱい揉ませて」
 課題を広げていた机上のノート脇に、ダンと音を立て千円札を一枚叩きつけながら兄が言う。
「うはっ、マジか」
 思わず吹き出してしまったが、兄は不機嫌極まりないと言いたげな顔でマジだよと返してきた。
 入社二年目の多忙な兄は、半年ほど前にとうとう学生時代から付き合っていた彼女に振られたそうで、あまりに陰鬱な空気をまとっているのを少々憐れみ、からかい混じりに自慢の胸筋を揉ませてやったのはひと月ほど前のことだ。体育会系とはほぼ縁のない兄は始めかなり訝しげだったが、目ぇ閉じたら意外とおっぱいっぽく錯覚できるらしいよと言えば素直に従い、おっかなびっくり触れてきた。
 その結果、兄はかなり驚いたらしい。筋肉は硬いもの、という認識だったようだし、弟にも弟がやってるスポーツにも全く興味なんてなくて、運動は全般的に苦手な完全頭脳労働タイプな兄が驚くのは当然だろう。
 その時、次回から1分百円ねと言ったのを、どうやら本気にしたらしい。まさか金払ってまで弟の胸筋を揉みたがるとは思ってなかったけれど、それだけ日々ストレスを溜めているって事だろうか。だってなんか不機嫌極まりない顔は、ひたすら疲れ切っているようにも見えてしまう。
「えーもー仕方ねぇなぁ。じゃあ、どうぞ?」
 椅子ごと体を兄の方へ向けてやりながら、手元の携帯に入った時計アプリを起動する。タイマーを10分にセットして、兄の手が胸に触れたらスタートだ。
 目の前に立つ兄は目を閉じ、グニグニと好き勝手に胸を揉みしだいてくる。遠慮なんてものはなく、時々力が入りすぎて少し痛い。
 まぁいくら目を閉じたって、相手は筋骨隆々な男で、弟で、しかも対価まで払っているのだら、多少乱雑だって仕方がないのかもしれないけれど、こんななら1分百円だなんて言わなければ良かった。おっかなびっくりだった初回とはえらい違いだ。
 やがて電子音が鳴って10分経過したことを知らせてくる。やっと終わった。
 しかし安堵する間もなく、兄がポケットから千円札を出してくる。
「延長はなしで」
 慌てて言い募れば、ムッとした様子でなんでだと返されたけれど、それこそなんでわからないんだと言い返してやりたい。
「金払ってるからって好き勝手しすぎ。てか痛ぇんだよ。男の胸だと思って力いっぱい握んじゃねぇよ」
 眉間にシワを寄せながら目を閉じ胸を揉む姿があんまりしんどそうだったから、つい10分我慢してしまったけれど、さっさとストップして返金するべきだったかもしれない。
「1分百円じゃ全く割に合わない」
「んじゃ幾ら出せばいい?」
「は? 金の問題じゃないってわかんねぇの? 兄貴にゃ二度と触らせねぇよ」
「は? 痛かったなら痛いって言えば良かっただろ。言われなきゃわかんねぇよ、そんなの」
「自分勝手な言い分どうも。つか俺がもう嫌だって思ったんだから諦めて」
「冷てぇな。雄っぱい揉んでみる? とか言って誘ったのそっちが先のくせに。兄貴に乳揉ませて喜ぶ変態野郎のくせに」
「はあああ? 誰が変態野郎だ。それ言ったら、金払って弟の乳揉みたがったあんただって既に充分変態野郎だろ。つか、心配して損したわ。ちょっとは気晴らしになるかもって思っただけだっつーのに、人の善意を変態扱いかよ」
 唸るように出てけと告げて睨めば、兄はわかりやすくたじろいで、すごすごと部屋を出ていったが、そんな兄から、昨日はどうかしてたゴメン、という短なメッセージが届いたのは翌朝になってからだった。

続きました→

 
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