兄は疲れ切っている2

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 結構な深夜、控えめなノックの後で顔を覗かせたのは母だった。用件は、玄関先で潰れている兄を運んで欲しいというお願いだ。
 執拗なチャイムの後、階下で母が対応していたのは知って居るが、聞けば兄はほとんど酔い潰れたような状態でタクシー帰宅したらしい。どうやらチャイムを鳴らして居たのも運転手で、運転手に抱えられるようにして帰宅したのもたまたま優しい運転手だったわけではなく、単に乗車賃が払えなかったという理由だそうだ。
 随分と恥ずかしく情けない思いをしたらしい母の愚痴に適当に合わせながら玄関先へ向かえば、玄関から上がってすぐの廊下に兄が壁に背を預け座り込んでいる。
 はぁ、とため息を吐きながらその隣に屈み、何やってんだよと声を掛ければ、閉じていた目がゆるりと開く。意識はあるようで良かった。
「うるせぇ」
「とにかく部屋まで連れてくから、少しは協力しろよな」
 うるせぇじゃねぇよと思いはしたが、不満やら苛立ちやらをたっぷり抱えた酔っぱらい相手に言い争う気はない。ほら立ってと極力優しく声を掛けながら、体を支えて引き上げた。
 取り敢えずは大人しく立ち上がった兄を連れて、ゆっくりと兄の部屋へ向かって歩く。ふらつく兄の足取りに気を使いつつ、どうにか兄を部屋まで運んでやってベッドの上に転がそうとしたが、なぜか兄がギュウギュウに絡みついて離れない。
「おい、もう部屋着いたから離せよ」
 言えばますます抱き込む腕に力が入った。無理やり引き剥がせないこともなさそうだが、なんだこの必死さはと、思わず兄をしげしげ眺めてしまう。ぎゅっと目を閉じて眉間には皺を刻んで、けれど酔ってるせいか目元や頬がはっきりと赤い。
 やっぱりしんどそうではあるものの、ふと、一瞬だけ、快感を耐えてるみたいだと思ってしまってドキリとした。何を考えているんだか。
 ぶんぶんと頭を振ってオカシナ妄想を振り払っていたら、いつの間にやら目を開けていた兄が不思議そうにこちらを見ていた。眉間のシワはそのままなのに、目も口もとろりと緩んでどこかぼんやり呆けている。
 隙だらけすぎんだろ、と思わず脳内に浮かんだ言葉もやっぱり何かがオカシイ。
「ぼんやりしてねぇで」
「ねぇ」
 ベッドへ行けと続くはずの言葉を遮られた。どこか媚びるみたいに甘えた声に聞こてしまったのは、自分の耳がオカシイのか、兄が酔っ払いついでにマジに甘えているのかわからない。
「なんだよ」
「おっぱい……」
「触らせねぇよ」
 そう言いながらも、胸に向かって伸びてきた手を払うことはしなかった。
 なんだかんだ言っても結局は触らせたい変態野郎とでも思ってるのか、勝ち誇ったような笑みを見せた兄の顔が、すぐさましょんぼりと萎れていくさまに溜飲を下げる。
「やらかく、ない」
「そりゃ筋肉だからな」
 通常時は柔らかでも、力を入れれば当然硬くなるに決まってる。今度はこちらが、勝ち誇ったようにフフンと笑ってやった。
 嘲笑われた兄はますますショックを受けた様子で、やっとひっついていた体を離すと、ふらふらとベッドへ向かいそこへボスンと倒れ込んだ。と思ったら、枕に顔を埋めて何やらわあわあ叫んでいる。
 さすがに何を叫んでいるのかまではわからないし、そもそも意味のある言葉を吐いているのかも謎だけれど、なんだかだんだんと可哀相になってくる。相当ストレスを溜め込んでいるようだ。
 近づいてその背を撫でてやれば、叫んでいた声はすぐに止まって、ぎこちなく枕から顔を上げた兄が振り向く。なんで構うんだとでも言いたげに、やっぱりどこか不思議そうに見つめてくる目は真っ赤になって潤んでいたから、どうやら叫びながら泣いていたらしい。
 またしてもドキリと心臓が跳ねて、思わずその顔をまじまじ見つめてしまった。
「なに……」
 なんとか、と言った様子で吐き出された声は掠れている。
「あー……意地悪して悪かったよ。俺の胸揉んで少しでも気が晴れるなら、貸してやるから泣くなって」
 兄の手を取り胸に押し当てれば、確かめるように指先に力がこもるのがわかる。
「やらかい……」
 ふにゃっと嬉しげに笑われて、頭の中がグラグラと揺れる気がした。

続きました→

 
 
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