その日は先輩がサークルに顔を出さず、新規契約した方の携帯へ連絡を試みるが返事が貰えず、不安になって先輩のアパートへ向かった。
何度もドアチャイムを鳴らし、預かっている合鍵を使うべきか悩み始めた所で、ようやくドアが開かれる。ホッとしたのも束の間、先輩のひどい顔に、すぐさま何かがあったのだと悟った。
「どうしたんですか!?」
勝手に入れと言わんばかりに、あっさり回れ右して部屋の奥へと向かう背に問いかける。しかし返事はやはりない。
「何が起きたんですか、先輩」
部屋に入ってからもう一度、部屋のドアの少し先で佇む先輩の肩を掴み、体ごと強引に振り向かせながら問う。先輩は泣いていたのかと思うくらいに赤くなった目で、こちらを睨みながら触るなと吐き捨てた。
そんな拒絶は初めてで、こちらの方こそ泣きそうになる。けれど怯んでもいられない。
「嫌です」
「後悔すんぞ」
今の俺は冷静じゃないからと自嘲気味に笑うから、絶対に向こうの自分との間で何か揉めているのだと思った。
「喧嘩でもしてるんですか?」
「そんなんだったらどんなにいいか」
深い溜息を吐き出しながら、肩を掴む手を払いのけた先輩は、よろけるようにしてベッドの端に腰掛ける。
「繋がんねぇんだよ」
俯いて両手で顔を覆ってしまったから、その表情はわからない。
「繋がらない……って、メールの返事が来ないんですか?」
「違う。返事が来ないんじゃなくて、互いのメールが届かない。その頻度がどんどん上がって、今日、とうとうアドレス不在のエラーが出た。もう、向こうとの接点が無くなったんだ」
その話に、掛ける言葉がすぐには見つからなかった。
目の前の先輩はこんなにも落ち込んでいるのに、あちらの世界との関係が絶たれて、仄かな悦びを感じている自分を自覚してもいた。最低で最悪だと思いながらも、これはチャンスだと囁く悪魔の誘惑に惑わされる。
結局その誘惑に負けて、一歩二歩と先輩との距離を詰めた。
「先輩……」
ベッドに腰掛ける先輩の目の前に膝をつき呼びかける。
「俺が居ますよ。俺じゃ、だめ、ですか?」
意を決してかけた言葉に、反応はなかなか返ってこなかった。それどころか先輩は、両手で顔を覆って俯いたまま、身動き一つしない。
焦れてもう一度先輩と呼んだら、ようやくそろりと顔を覆う手が外される。
「お前……」
「はい」
「自分が何言ってるか、わかってんのか?」
「わかってます」
「お前、ノンケだろうが。いくら似てたって、お前はお前で、俺の恋人のあいつじゃない」
「前に、向こうの俺もこっちの俺もほとんど同じだって言ってたじゃないですか。それ、見た目だけじゃなくて、性格とか、雰囲気とかも、かなり似てるってことですよね?」
まだ先輩へ向かう恋心を確信する前、恋人だという関係以外に向こうの自分とこちらの自分で違いがあるのかと、興味本位で聞いたことがある。その時の先輩は流石に少し困った様子で、お前はやっぱりお前だよと言った。
「俺に惚れてないとこ以外は、って言ったろ。落ち込んでる今、んなこと言われたら縋りたくなるからヤメロ」
「先輩に惚れてますよ、俺」
別の世界では恋人として仲良くやっているのだから、元々惹かれ合う素質があるに違いない。
向こうへ飛んだ先輩とはあまり親しく交流していなかったので、先輩自身も同じなのかはわからない。けれど周りに何の違和感も持たせずサークルに溶け込んでいるから、やはりほとんど同じなのだろうと思う。
向こうへ飛んだ先輩が男同士にどういうスタンスかなんてこともさっぱりわからないが、向こうの世界でも自分たちは結局恋人に収まっているかもしれない。むしろそうであれば良いなと思いながら、更に言葉を続けた。
「だから良いです。縋られたら、むしろ嬉しいかも」
本心からだとわかるように、にこりと笑って見せる。先輩はやはり眉を寄せて不満気だけれど、そんな所も好きなのだと、想う気持ちが溢れるだけだった。
辛くて仕方がないと吐露しながらも、まだこうして自分を気遣い、一線を置こうとしてくれる。
「軽々しくんなこと言うな。俺がその気になって困るのお前だぞ」
「困りませんよ。向こうの俺とこっちの俺がほとんど同じ性格なら、先輩を好きになるのは当然だし、先輩と恋人になれたらきっと俺だって幸せです」
ベッドの上に落ちている先輩の手へ、そっと自分の手を重ねて置いた。
「先輩が、好きです」
ぎゅっと先輩の手を握りこめば、先輩の泣きそうな顔が近づいてきて、唇が柔らかに押し付けられた。
お題提供:pic.twitter.com/W8Xk4zsnzH
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