目覚めた時、雅善の姿はなかった。
(気付かないほど、深く眠ってたのか……)
溜め息と共に起き上がった。
何度も果てて、やがて泣きながら意識を手放してしまった雅善を、抱き包むようにして眠ったのはおよそ6時間前で、時計は少し遅めの朝を指していた。
本当に、嫌がっていた。
怯えて、逃げたがる、体と心とを。
騙して、あやして、
時に脅して、追いつめて。
むりやり、感じている時の表情を暴いて、眺めた。
(お相子ってやつだろう?)
そう思ってみるものの、どうにも、自分の方が分が悪いような気がしている。
泣いて許して欲しいと頼まれさえしたのに、あんなに嫌がっていたのに……
気絶するまで追いつめるつもりなんて無かったはずが、気付けば、もっともっとと際限なく煽る自分の中のもう一人の囁きに、従っていた。
静かな部屋の中に、また一つ、溜め息が落ちた。
変わらない日々が過ぎて行く。正確には、何もなかった頃と変わらない日々が。
雅善は、誘わなくなった。
週が開けて顔を合わせた時、ためらって朝錬ギリギリの時間に顔を出した自分に、雅善は遅かったやないかと言って笑いかけてきた。懐かしい、笑顔だった。
一瞬驚いて、けれど、ホッとしたのも事実。初めてキスを交わしたあの日から、自分には向けられなくなった笑顔に、正直戸惑いと苦い想いを抱いていた。
雅善は前と変わらない笑顔を見せるようになったけれど、そのかわり、二人だけになるのを極端に避けるようにもなっていた。つい先日までとはまるで逆の行動に少々飽きれつつ、けれど、自分がしたことを思えば仕方がないかという気もした。
それが雅善の出した答えなら、それでもいい。
何もなかったコトにして、何もかも忘れたフリをするのは、そんなに難しいことじゃないだろう。それなのに、いつまでたっても忘れられない。
さすがに正面からじろじろと見ることは憚られたけれど、俯いた顔や横顔にあの夜の雅善を重ねてしまう。嫌がって泣きながら、けれど、熱に浮かされて喘ぐ顔や声が、焼きついて離れない。
もう一度、見たい。
もう一度、聞きたい。
もっと、感じさせたい。
「雅善!」
部活を終えた帰り掛け、腕を掴んで呼び止めた。どうやら酷く驚かせてしまったらしく、ビクリと体が跳ねる。
「話があるんだ」
怖々と振り向いた雅善に告げれば、ゴクリとツバを飲み込んでから、掠れかけた声でわかったと答えた。
「……ほな、今日ん夜、美里んトコ行く。それで、ええやろ?」
「わかった」
待っていると付け加えて、腕を離す。
「ほな、また後で」
こわばった顔での挨拶。もう一度その腕を掴んで引き寄せてしまおうかとさえ思って、けれど、駆け出してしまった雅善に伸ばしかけた腕は届かなかった。
「ワイのこと、殴ってええから、それで許したってって言うんは、あかんか?」
「は?」
ドアを開いた先、思い詰めた表情の雅善にいきなりそう告げられて、意味がわからなくて思わず声のトーンが少し上がる。
「嫌やったんやろ? ワイが誘って、むりやり抱かせとったんは。友達のまんまで居りたかった美里の気持ち、わかっとったけど、でもホンマはワイのこと好きなんやろうって、勘違いしとった。美里の目に、翻弄されたんは、ワイのせいやな」
「俺の、目……?」
そう言えば何度か、何故見ているのかと尋ねられた事があったと思い出す。何か言いたいことがあるのじゃないかと尋ねられ、特に意識して見ていた訳ではなかったから、別に無いと返したはずだ。けれど、見られていた方にしてみれば、いい気はしなかっただろうと想像がつく。
イライラした調子の雅善と目があった記憶は、言われて見ればかなりの数だ。あれは、自分が知らずに見つめていた時だったのだと知る。
そして、その目を、勘違いしたのだと雅善は言う。
どんな視線で見ていたのか、自分ではわからない。けれど少なくとも、誘って見ようという気にさせるほどのしつこさで、見つめていたのだろう。そうだったのかと、少なからず納得させられた。
「嫌やったらもっと本気で嫌がったらええんやって文句言いたなるけど、美里には出来んって、きっとわかっとった。わかっとって、むりやり誘って、抱かせて……怒らせてもうた」
別に怒っていた訳じゃないと告げる間もなく、話すうちにだんだんと俯いてしまった雅善は更に言葉を紡いで行く。
「ワイが誘った回数に対して、この前のあれくらいで、許せへんかもしれんけど。あんな風に抱かれるんは、嫌やねん。自分勝手なことしとるって、わかっとるけど。けど、代わりに気ぃすむまで殴ってええから……」
話しきったのか、そこで口を閉じた雅善にどう言葉を掛けていいのかわからず、口からは溜め息が零れた。恐がるように、雅善はビクリと体を震わせる。
「……それとも、抱かれへんとあかんか?」
ゆるゆると顔を上げた雅善は、泣きそうな表情をしていた。
「この前は、悪かった。あんな風に追いつめるつもりはなかったんだ」
「美里が謝る必要なんて、あれへん。ワイも、美里に同しコトしとったんやし」
「違うだろ。誘ったのはお前だけど、誘わせたのは、俺だったんだな」
俺のせいにして、かまわないのに。
俺のせいにして、逃げてしまえばいいのに。
俺は、たくさん傷つけただろう?
「お前は多分、間違ってない。俺は、きっと、お前が好きだ」
「何、言うて……」
「俺は別に、むりやり抱かされた事を怒ってなんかいない。嫌だったのは、お前が笑わなくなったことと、抱けって迫るくせに、辛そうな顔ばかりしているのが耐えられなかったからだ」
抱きたいなんて意識したこともなかったから、そんな行為で自分達の関係が変わって行くのは確かに嫌だった。けれど、誘われて、煽られて、雅善を感じることに嫌悪したことはないのだ。
「俺は、いつも痛みをこらえて、泣きそうな顔で抱かれるだけのお前を、ちゃんと感じさせたかっただけなんだ」
「けど、ワイが誘わんかったら、美里は何も気付かへんまんまで、友達のまま居れたやろ。男同士で、こんなコトするんは間違っとるってわかっとるのに、わかっとって誘ったんやで。だからワイは、美里が感じてくれるだけでええって、そう思っとった」
怒っていいんだと言う雅善に、怒りの感情などわくはずもない。それより、今までの自分達の行動を振り返った反省なんかよりも、もっとずっと重要なことがあると気付いて笑いかける。
「なぁ、俺を誘うのは、雅善は俺のことが好きなんだって、そう思っていいんだろう?」
突然何を言い出してるのだと言わんばかりの、驚きの表情。
「俺は、好きだよ、雅善のことが。抱きたいし、感じて欲しい。あんなに抱き合ってたのに、俺もお前も、一度も好きって言わなかったんだ」
「言えるような、雰囲気やなかったで」
「だから、今、言ってくれって頼んでるんだ」
「…………好きやで、美里」
随分待たされた後に告げられたそれは、囁くような小声だった。けれどその柔らかな声音は、はっきりと耳に届いた。
「キスしても、いいか?」
雅善は柔らかな口調と困ったような苦笑で アホ ともらしながら家の中まで入ってくる。そして二人見つめあい、閉まる扉に隠れながら、『最初』のキスを交わした。
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