今更嫌いになれないこと知ってるくせに18

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 嫌いだと言われるたびに頷いて謝ってを繰り返すうちに、その間隔がだんだんと開き、やがて静かになる。それでも暫くは抱きしめたまま動かずにいた。
 腕の中の男が、あの小さかった甥が成長した姿なのだということは、もう納得ができている。泣いて拗ねて口をとがらせるなんて姿を、義兄相手に妄想したことがないから、あの時点でこれは義兄ではないのだとはっきり認識したようだ。いちいち可愛い仕草の端々に、幼かった頃の彼の姿が見えていた。
 そして、内からあふれるこの愛しさは、相手が甥だからというだけではないようだという事も、さすがにもう自覚している。甥っ子が成長した姿なのだと、わかっていつつも受け入れきれる前から、トキメイて心揺すられていたのだから、ただ認めたくなかっただけで当然といえば当然なのかもしれない。
 けれど自覚したからといって、甥っ子の気持ちを受け入れて恋人になれるかはまた別問題だ。どう考えたって、たとえ本人が否定したって、10も年下の子供を誑かしたとしか言えない状況に、どうしたって責任を感じてしまう。親や姉や義兄に顔向け出来ないと思ってしまう。
 ずっと逃げ続けた人生で、逃げることに慣れてしまった。特定の恋人と長く続かない理由も、そんな自分の逃げ癖のせいだということは、なんとなく理解はしている。わかっているから、性に緩くて適当に遊べる相手以外とは、あまり付き合わなくなってしまった。
 今回こうして甥っ子を酷く泣かせてしまったように、優柔不断で逃げ腰の態度は確実に相手を傷つける。そして結局は自分自身も辛くなって苦しむのだ。
 大きくため息を吐き出しても、腕の中からの反応はない。
 確実に眠ったであろうことを確認するように、そっと体を離して寝顔を覗き込む。真っ赤になった目元に唇を寄せる。
「お前が俺を嫌いになっても、俺はお前がずっと好きだよ」
 きっと義兄への想いを引きずってきたように、ここまではっきりと自覚した以上、甥っ子への想いもまた、これからは引きずって生きていくんだろう。
 このまま本当に嫌ってくれるなら、きっとその方がいい。そう思うことこそが逃げ癖なのだと自嘲するものの、別の道を選べそうにはなかった。
 
 
 ぐだぐだと考えているうちに自分も眠ってしまったようで、平日の朝よりは少し遅い時間に、朝ごはん出来たけどと躊躇いがちに声をかけられ目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、ぼんやりとテーブルと甥っ子とを交互に見ながら、昨夜のあれは夢ではなく紛れも無い現実だったと思い知る。
 きっちりと服を着込んだ甥っ子の目元は未だ赤く、その顔には当然笑顔はなかった。
「おはよ。ご飯、食べれる?」
 むりやりに作られた笑顔が痛々しい。
「もちろん食うけど、……」
「食うけど?」
「いや、まさか、まだ飯作ってくれるとは思ってなくて」
「あー、うん……最後かなって思って」
 朝ごはん食べたら帰るねという宣言に、わかったと頷く以外に出来るはずもない。胸の痛みに少しばかり顔を顰めてしまったら、心配と不安とを混ぜたような顔を向けられたけれど、甥っ子から言葉がかかることはなかった。
 結局、会話も少なくどうしたって気まずい朝食を、食後の片付けまできっちり終えてから、甥っ子は既にまとめられていた荷物を手に立ち上がる。
 駅まで送るかという申し出は断られ、それでもさすがに玄関先までは見送りに出た。
「長々とお世話になりました。居座って本当にごめんなさい」
 靴を履いてから振り返り深々と頭を下げる。
「いや。こっちこそ色々ごめん。後、メシ美味かったし、掃除とかもけっこう助かってた。ありがとう」
「なら、良かった」
 ふわっと笑う顔が可愛くて、本当に名残惜しい。抱きしめて帰るなと言ってしまいたい衝動をなんとか堪えていると、おずおずと伸ばされた手が遠慮がちに服の裾を握って引いた。
「あ、あのさ、……」
「うん」
「最後に、……いや、やっぱいいや」
 するりと服に掛かった手が落ちていくのを咄嗟に掴んでしまったら、ふにゃっと顔を崩して泣きそうに笑う。
「最後まで未練たらしくて本当にごめんね。バイバイにーちゃん、元気で」
 掴まれた腕を振りほどきながら一歩後ずさると、クルリと踵を返して玄関ドアを開けて出て行く。
 泣きながら帰るのだろうかと思うと胸がギチギチと痛むのに、目の前で閉じたドアを自ら開けて、その背を追いかけることはやはり出来なかった。

続きました→

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