今更嫌いになれないこと知ってるくせに20

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 土曜の朝に家を出て、実家近辺へは10時を少し過ぎたあたりに到着した。姉から伝わっているかもしれないが、親へは何も言わずに戻ったので、実家へは寄らず直接姉の家へと向かう。
 姉宅の前をウロウロと行ったり来たりしている人物については、道の角を曲がったところからはっきりと見えていた。随分とあからさまに不審なその人物が、義兄であることに途中で気づき歩を止める。姉には昼前には行くと言っておいたから、要するに自分の到着を待たれているのだと思った。
 なぜ義兄が自分を待っているのかがわからなくて、頭なんてその姿を認めた瞬間から真っ白だ。湧き出る不安に、回れ右して逃げ帰りたい衝動。けれどそれを必死で耐えた。
 呆然と立ち尽くす自分にやがて向こうも気づき、嬉しそうな笑顔とともに名前を呼ばれた。笑顔に安堵しつつもギクシャクと会釈を返して、それからゆっくりと歩み寄っていく。
 きっちり頭を下げつつお久しぶりですと堅苦しい挨拶を告げても、相手はやはりニコニコと笑いながら、けれど有無を言わさぬ強引さを持って、ちょっと散歩に付き合ってと言った。
 躊躇いは大いにあったが、結局歩き始めてしまった義兄を追いかけ、その隣に並んで歩く。どこへ向かって歩いているのかもわからないまま、義兄の振ってくる他愛無い話に付き合って居るうちに、だんだんと気持ちが落ち着いていくのがわかる。
 ずっと逃げ続けていたけれど、いざ二人きりになってみたら、普通に会話ができている。心が騒いでトキメイて切なくなって、抱きつきたい抱きしめたい衝動を、なんとか堪えながら逃げ出す隙を必死で探す、なんて現象はどうやらもう起こらないらしい。
 この人のことがあんなにも好きだったという記憶は間違いなくあって、けれどもうその気持ちで苦しくなることはなかった。そういう恋をしていたのだという、どこか甘酸っぱく恥ずかしい思い出でしかなかった。
 ホッとしてそれから、若いころの義兄によく似た甥っ子のことを思い出す。彼も後20年位したら、今の義兄のような外見になるのだろうかと、以前より少しだけ全体的にふっくらとした義兄を見つつ考える。しかし見ながらも、少し不思議な違和感を感じていた。
 あんなに似ていると思っていた義兄と甥っ子だけれど、こうして義兄本人と会って話していると、実はそんなに似ていないような気がしたからだ。いやでも似ていると感じたのは昔の義兄であって今の義兄ではない。そう考えてはみるものの、今見ている義兄はやはり、昔散々お世話になったあのお兄さんが年を重ねた姿なのだとはっきり認識できている。
 義兄の横顔をチラチラと見ていたら、当然それには気づかれたようで、ふいに振り向いた義兄とまっすぐ見つめ合うことになってしまった。歩きながらずっと穏やかな笑い混じりの会話を重ねていたのに、振り向いた義兄に笑みはなく、随分と真剣な顔をしていて息を呑む。
 しかしそれは一瞬で、義兄は困った様子で苦笑しながら、そんなに似てるかなと言った。実際はそんなに似てないと思うよと続けた義兄は、昔の写真出してきてもいいけどとまで言うから、それが何を指しての言葉かはすぐにわかった。
 どこまで知ってるんですかと尋ねた声は、緊張からか掠れてしまう。
 義兄は少し迷う素振りを見せた後、うちの子が君を大好きで、でも父親である俺と似てるからって理由で振られたらしい、って事はなんとなくわかってると返された。更に、俺のことは嫌いでも息子は別と考えて彼自身を見てやってくれないかと続いた言葉に、大いに慌てる。
 散々避けて逃げていた理由を、今更、あれは好き過ぎて近寄れなかったなどとは言えない。けれど、違います誤解です嫌ってないですと繰り返せば、少し驚いた顔をしたあと、納得がいったと言いたげに頷かれてしまった。
 ああ、とうとうバレた、と思った。
 しかし知られてももう、それに恐怖するような感情も不安もなく、かといって気持ちが高揚することもない。義兄へ向かっていた想いはとっくに終わっているのだということを、再確認しただけだった。
 今も? という質問に首を振りつつイイエと返せば、ホッとしたように笑いながら、頭なでても良い? などと聞いてくる。そしてすぐ、は? と聞き返しただけで了承など告げていないのに、伸びてきた手がガシガシと頭をなでていった。しかも、ありがとうとごめんなの言葉付きだ。
 好きになってくれてありがとう。何も言わずに今まで距離を置いてくれてありがとう。結果、家族とずっと疎遠にさせて本当にごめん。
 勝手に逃げまわっていたのはこちらの方で、感謝や謝罪など貰う立場にはないのに、そんなことを言われてしまって、たまらず涙がこみ上げる。しかしここは人通りは少なくとも屋外の路上で、いい大人が感極まったからとべそべそ泣くわけにもいかない。
 グッと堪えていたら、もしかしてうちの息子のことも好きで避けてたりする? という追撃が来て、こらえきれずにボロリと涙が落ちていった。

続きました→

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