甥っ子が何を考えているのかさっぱりわからない。わからないというよりはわかりたくない。これ以上彼の話を聞くのはヤバイ気配しかないのに、あんな顔を見てしまったら、彼の言う大事な話を聞きたくないとも言えそうにない。
何が一番怖いかといえば、もう一度あんな顔で迫られたら、どこまで拒絶しきれるのか自信がない点だろう。絶対後悔するとわかっていても、何かしら納得の行く理由を提示されでもしたら、拒みきれない予感がする。
だって後悔ならとっくにしてるし、今この瞬間だってしてる。そこに一つ後悔が上乗せされた所で、そう大差ないんじゃないかと自棄っぱちに思う気持ちもなくはないのだ。
考えるほどに行き詰まるようで、笑う代わりに深い溜息を吐き出した。
「ゴメン、怒った?」
新しいマグカップを片手に戻ってきた甥っ子は、こちらの険しい顔に気づいてそう訪ねてくる。どうやら知らず知らずに、真っ黒になったテレビ画面を睨みつけていたようだ。
「怒るっていうか、わかんねーんだって」
「俺が本気かどうか?」
「そこじゃない。だってふざけてないんだろ?」
「うん」
言いながらマグカップをこちら側に置くと、ようやく甥っ子もテーブルを挟んだ対面に腰を下ろす。それを待って口を開いた。
「わかんねーのはお前がここに来た理由。親からただ逃げてきたわけじゃないんだろ。むしろ最初っから俺に会いに来てる。お前が俺に確かめたかったことって何?」
「確かめたかったのは、にーちゃんが帰ってこない理由、かな」
「ならもうわかっただろ」
先日、はっきり義兄が好きだったと教えた。その時、義兄に会いたくないから帰らないのだとも言った。
「それは、そうだけど」
「他にも何かあるんじゃないのか?」
「それはさ……」
正面に座る甥っ子をまっすぐに見つめて問いかければ、少しためらった後で、確かめたかったのはにーちゃんの性癖と自分の気持ち、と返ってきた。
「俺の性癖……って」
思わず絶句したら、相手も申し訳無さそうに苦笑する。
「にーちゃん男好きなのかな、ってのはなんとなく気づいてて、それはっきりさせたかったんだよ」
「お前自身がそうだから?」
身近に同じ性嗜好の大人が居たら心強い、という気持ちはわからなくはない。自分自身、親や姉に義兄を好きだなんて言えないのは当然にしたって、主に男が性愛対象ということさえ言っていない。
「うん、どうやらそうみたい」
へにょっと笑った顔は泣きそうだった。ここでの生活で、確信したと言わんばかりだ。
人を実験台にするなよと思う気持ちもないわけではなかったが、可哀想にと同情的な気持ちも同じかそれ以上にあった。自分が義兄を恋愛感情で好きだと気づいてしまった時の、あの絶望的な胸の痛みを今も覚えているからだ。
「お前が今、同性の誰かを好きで居て、それをお前がしんどいって言うなら、話しくらいは聞いてやれる。と思う」
「聞くだけ?」
「これから必要になるかも知れない情報も、俺の経験則で良ければ。でもお前だっていろいろ自分で調べてるんじゃないのか?」
これだけ情報が溢れる世の中だ。探せば必要な情報は出てくるし、自分だって最初の頃は手探りだった。
「にーちゃんが俺の初めての相手になってよ。ってのはやっぱダメ?」
やっぱりそうくるか、と思いつつ、ダメだと返す。
「俺が甥で父さんに似てるから?」
「そう言ったろ」
「でも俺は父さんと違って、結婚してるわけじゃないどころか恋人すらいない。それに男同士なら子供出来るわけでもないし、血が近いとかあんまり関係なくない?」
「俺の心情的に、かわいい弟分をどうこうしたくない」
「そのかわいい弟相手でも欲情するくせに」
あの朝を思い出して体の熱が上がるのを自覚すると共に、痛いところを突かれたとも思った。
「たまってる所弄られて反応するの、しょうがないだろ!」
居たたまれなさと恥ずかしさとで、ついキツイ口調になってしまうが、こちらの焦りとは対照的に甥っ子はむしろ平然としている。
「それだけじゃなくて。っていうかさ、もう正直に言うけど、俺にーちゃんが男好きなのわかってたけど、それがショタコンってやつなのかを知りたかったんだよね」
「……は?」
唐突にショタコンなどという単語が飛び出してきて、意味がわからず呆然と聞き返す。
「だって父さんが好きだったとか、思っても見なかったんだよ。ずっと、にーちゃんが遠くの大学行っちゃったのも、滅多に帰ってこないのも、俺を好きだからなのかと思ってたの。子供に手を出せないから逃げたんだと思ってたの。で、ここに来たのは、にーちゃんが男の子にしか欲情できないのか、それともおっきくなった俺でもいいのか、確かめたかっただけなの」
なのに本命父さんだったとか自意識過剰過ぎて恥ずかしいよと言った後、甥っ子は耐えられないとでも言うように「うあー」と吠えると、両手で頭を抱えながらテーブルに撃沈した。
あなたは『「今更嫌いになれないこと知ってるくせに」って泣き崩れる』誰かを幸せにしてあげてください。
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