彼女が出来たつもりでいた3

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 初めて招かれた相手の部屋は、聞かされていたのとは最寄り駅からして全く違う場所にあった。しかも社会人ではなく大学生で、なぜ本当は大学生だとわかったかというと、通された部屋の勉強机の上に、講義で使うらしい教科書類が大量に積まれていたからだ。二人で出かけた際、仕事の話などもしていたが、あれらはバイト先の話だったらしい。
 知れば知るほど、もっと相手の本当の姿を知りたくなる。次から次へと、聞きたいことが増えていく。
 しかし、先に着替えさせてと言われて、相手はあっさりバスルームへこもってしまった。しかも明らかにシャワーを使う水音が聞こえている。
 初めて招かれた恋人の部屋で、恋人がシャワーを浴び終えるのを待っている。といういかにもな場面ではあるが、もちろんこの後、色っぽい展開が待っているわけではない。それどころか、多分きっと、メイクを落とした素の相手と対面する羽目になる。
 女は化粧で化けるとは聞くが、一体どんな男が現れるんだろう。
 手持ち無沙汰にドキドキしながら随分と待たされて、ようやく出てきた相手は確かにどこからどう見ても男の姿だった。ただ、その顔に見覚えがある気がして、ついじっと見つめてしまえば、気まずそうに視線を逸らされてしまう。
「素顔見たら、さすがに萎えたんじゃないですか」
 小さめのローテーブルを挟んだ対面に腰を下ろした相手の口から溢れる声も、先程までと違う男の声だった。そして声を聞いたら思い出した。
「あっ、もしかしてあの時の……?」
「えっ?」
「去年の春頃かな。電車で痴漢されてた男の子、君じゃない?」
 疑問符は付けたが、ほとんど確信していた。相手は目に見えてひどく動揺し、震える声で、覚えてるんですか、と言った。顔が真っ赤になっていて、なんだか見ていて可哀想なくらいだったけれど、その顔に刺激されてますますあの日のことを思い出す。
 あの日も今にも泣きそうな真っ赤な顔で、ひどく動揺した様子だった。
「覚えてると言うより、思い出した。むしろ今現在も色々思い出してる」
 仕事の納期が迫っていて、残業続きの寝不足で、朝っぱらから目の前で痴漢をはたらくオヤジに我慢ならず、とっ捕まえて駅員につき出そうとしたのに、肝心の被害者に逃げられたのだ。つまりは、目の前にいるこの彼に。
「あの時は助けて頂いたのに、まともなお礼も言わずに逃げて、すみませんでした」
「いやまぁ、男なのに痴漢被害者として調書取られたりすんの、嫌なの当然だと思うし。ちょっと仕事で苛ついてたのもあって、あのオヤジに八つ当たりした面もあるし、大事にしたの俺だし、逃げられても仕方ないと言うか、つまり、こっちこそ、もっと上手に助けてやれなくてゴメン」
「いえそんな……というか、助けてくれて、本当にありがとうございました」
 本当は凄く嬉しかったんですと言った相手は、一目惚れでしたとも続ける。
「えっ?」
「ほとんど一目惚れだった、って言ったの、信じてなかったでしょう。でも、ホントなんです。上京してきたばっかりで、大学にも通学する電車の混雑にもまだ全然慣れてなくて、なんか色々挫けかけてた所に痴漢されて、しかも女と間違えたわけじゃなくて絶対男ってわかってる触り方されて、せっかく入った大学だけど卒業すんの無理って思って絶望してた所だったんですよね。助けてもらったの」
 こちらは社会人なのもあって、毎日ほぼ決まった時間の決まった車両に乗っている。毎朝あなたを見つけるのは楽だったと言った彼に、そういや痴漢事件の後、暫くは毎朝同じ車両に居たなと返せば、相手はまたしても酷く驚いたようだった。

続きました→

 
 
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