常連さんが風邪を引いたようなので3(終)

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 毎晩のように店に顔を出す男へ個人的な連絡先を渡してから随分と経つが、唐突に二度目の電話が掛かってきて、なぜか食事に誘われた。びっくりしつつも了承し、店の休日である翌日の日曜夜に指定された店へ行く。
 そこは個室のある居酒屋で、通された部屋には既に彼が待っていた。
 まず視線を向けてしまう彼の左手薬指には、一昨日までは光っていたはずの指輪がない。離婚が成立したのだろうことはわかったが、それでさっそく自分を食事に誘ってくる理由がわからない。というか、これは何かを期待して良いのかと混乱している。
 こちらが気付いたことに、彼も気付いていたのだろう。
「離婚、しました」
 いくつか注文を済ませて店員が下がった後で、口を開いた彼からまず出た言葉は、離婚の報告だった。
「みたい、ですね……」
「気持ちに踏ん切りがついたのは、貴方のおかげです。ずっと、きちんとお礼をしたいと思ってました。ありがとうございます」
「や、あの、まったく身に覚えが……」
「放っておいて、くれたでしょう?」
「いやまぁ、そういう方も、いらっしゃるので……」
「嫌な客だろう自覚はあったんですが、ちょっと甘えてしまいまして」
 他の客に絡んで暴言を吐いたり酔って暴れたりしたわけでもなく、いつもカウンターの隅で一人静かに飲んでいただけの彼を、嫌な客だなんて思ったことはない。それを伝えれば、ホッとしたように小さく笑う。
「一人で居るのが寂しかったんですよね。家の中、一人で食事をするのが苦痛で、そのくせ、若干人間不信で必要最低限しか人と話をしたくなかった」
 自宅のあるビルの1階にそこそこ遅くまで営業してる飲食店があったというだけで入ったら、思いのほか居心地が良くて毎晩通ってしまったと彼は言う。
 今日の彼は饒舌だ。
 やがて酒と料理とが運ばれてきて、いったん話は目の前の食事に移ったけれど、ある程度食べて一息ついた後は、また彼自身の話へと戻った。アルコールが入ったからか、それとも二人で食事などという異質な空間に慣れたのか、先程よりも流暢に彼の言葉はこぼれ落ちてくる。
「半年くらいまえに、風邪を拗らせて寝込んでしまった時、ありましたよね」
「ええ。あれがなければ、あなたの名前さえいまだに知らなかったと思いますよ」
 ですよねと言って彼は苦笑してみせる。
「あの時、本当に驚いたんです。毎日顔を出すとは言っても、陰気な客相手に随分と優しくて。しかも、普段はこちらに関わらずに居てくれてたのに、思いのほか強引で」
「あ、いや、なんか、あの時はそのまま帰しちゃいけないような、気がしてしまって……」
「随分と空気を読むのが上手い人だって、思いました」
「えっ?」
「体調が悪かったせいもあるんでしょうけど、人にかまって欲しかったんですよ。かまってと言うか、自分の存在を誰かに気にして欲しかった。具合が悪いならさっさと帰って寝るなりすればいいものを、ほとんど習慣になってたからって店に寄ってしまったのも、部屋に帰って一人になるのが嫌だったからなのに、そんな日に限って親身にあれこれしてくれるんですもん」
 凄く救われた気持ちになったんですと、照れているのかやや俯いて話す彼は、やはりまたありがとうございますと言った。
「あれがなければ、きっとずるずると別居生活を続けてた気がします」
 離婚関係の話に思わず身構えたら、彼は少し困った様子で、聞きたくなければ止めましょうかなどと言う。
「あ、いや、大丈夫です。聞きます」
 というよりは聞きたいのだ。
「別居の理由から話しても? それとも、結論だけにしましょうか」
「俺が聞いてもいいなら、別居の理由から、お願いします」
「聞いて、欲しいんですよ」
 覚悟と期待とを込めて先を促せば、ホッと安堵の息を吐いた後で彼は話しだす。
 別居と人間不信の理由はどうやら繋がっていて、彼の心情を思うとなんだかこちらが泣きそうだ。
「嫌な話聞かせてすみません。ただまぁ、そういうわけで、あの時期は結構気持ちがドロドロだったわけなんですけど、ただ店に通うだけの客に親身になってくれる人も居ると思うと、きっちり向き合って離婚に踏み切るべきだと思いました」
 まぁ当然揉めましたけどと苦笑しつつ、彼は左手を持ち上げる。
「指輪、本当は離婚を決意した段階で外しても良かったんですけど、ケジメを付けるまでの自制にもなりそうで付けてました」
「それ……って……」
 鼓動がいっきに跳ねる。これはもう気配でわかる。
「どうやら俺は、貴方が好きです」
「お、おれ、俺も、好き、です」
 慌てて言い募れば、目の前の男は随分と柔らかで嬉しげな笑みを見せながら、知ってますと言った。
「えっ?」
「気づいてなかったら、いくらなんでも離婚成立直後に告白なんて真似、出来ませんよ」
「えー……」
「今夜はこのまま帰らないで……って言ったらどうします?」
 展開早いなおい! と驚く気持ちと、オールで飲むにはお互いキツイ年齢ですよと誤魔化してしまおうとする気持ちと、ちょっとその誘いに乗ってみたい好奇心とがグルグルまわって口を開けずにいれば、冗談だったらしく彼が思い切り吹き出した。
 派手に笑う姿なんてもちろん初めてで、驚きと困惑と、なのに笑ってる姿にホッとして嬉しい気持ちになるから、なんかもうこちらもだいぶ重症だ。
「ちょっ、酷くないすか」
 それでもこれを笑われるのは理不尽だという気持ちはあって、少しばかり口をとがらせる。
「ご、ごめん。迷ってくれてありがとう」
「えっ、感謝?」
「貴方の好意は感じてましたが、本当は少し、自信がなくて、試すような真似をしました。すみません。迷ってくれたってことは、そういうのもありな感情ですよね?」
 もとから男性とお付き合いされる方ですかと確かめられて慌てて否定したら、驚かれてしまった。
「さすがにそれは予想外だったんですけど、俺と付き合って下さいと言ったら、もしかして迷惑になりますか?」
 一転オロオロとしだす相手に、今度はこちらが笑う。笑いながら、ぜひお付き合いを始めさせて下さいと、自分から申し出た。

有坂レイへの3つの恋のお題:引き出しにしまいこんだ言葉/晴れの日も雨の日も/今夜は帰らないで

 
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