保護された身の新しい居住場所は、大きな屋敷の中の一室で、そこは無駄に広くて豪勢だった。めちゃくちゃ広くてフワフワで、肌触りの良いシーツが掛かったベッドは人生初とも言える快適さで、久々に心置きなく長い眠りにつけたのは本当に嬉しかった。
とは言っても外出は許可されていないようで、常に外側から部屋の鍵が掛けられている。結局囚われの身であることは変わらない。しかしこの身の扱いは大きく変わり、そのまま世話係のような形で部屋に出入りする小柄な竜人からは、いたわりも気遣いも強く感じていた。
特に食事が摂れず日々消耗していく自分を心配し、あれこれと食べられそうなものを探し回ってくれている事は、有り難くもあり申し訳なくもあった。
ここへ来て最初に出された食事は、見るからに魔界産と呼ぶべき得体の知れない物が色々と浮かんだスープだ。それが馴染みのある見た目に変わっても、人間界の食材そのものを出されても、結局胃はそれらの食べ物を一切受け付けなかった。
生の果実類は大好物だったはずなのに、いかにも熟れて食べごろな果実類を目の前にしても、美味そうどころか気持ちが悪くてたまらない。胃の中には吐くものなど何もないのに、芳醇なフルーツの香りに何度もえづいてしまったほどだ。
そもそもスライムたちに嫐られ続けた日々の中、一度だって食事も排泄もしたことがない。擬似的な排泄は何度もさせられたが、あれは彼らによるパフォーマンスでショーでしかなかった。初期はムリヤリに導かれて吐き出した精を彼らが嬉々として吸収していたが、思えば吐精すら久しくしていない気がする。
この体がどうやって生命活動を維持していたのかわからないし、それは救い出された今もわからない。ただ食事が摂れないことで確実に弱ってきていることは感じるので、魔法による物ではなく、スライムたちからなんらかの栄養を分け与えられていた事は確かなのだろう。
世話係の竜人から試すかどうか問われた解決策もなくはなかった。それは尻穴から食事を流し込んでみる方法と、スライムを摂取してみる方法だ。
食事を流し込む方法や、スライムの経口摂取で栄養が摂れるかはわからない。確実に効果が出るのはスライムを後口から摂取する事と言われたが、摂取とは彼なりにかなり言葉を選んだ結果で、要するにスライムに再度嬲られろという話に他ならない。
もちろん断固お断りだった。
このまま栄養摂取が出来ず、弱って死ぬならそれでいい。そう言った時の悲しそうな顔が忘れられない。
人ほどに表情が豊かではない爬虫類顔でも、毎日顔を突き合わせていればそれなりに表情も読めるようになっていた。
申し訳ないとは思う。気遣ってくれるのもわかる。それでも、生きるためにあんな生活に戻るのはゴメンだ。それでもさすがに、日々あれこれと世話を焼きに来る彼にまで、殺してくれとは言えなかった。
好物だと言った生果実にすらえずいてしまった後は、彼が食物を部屋に運びこむことはなくなり、ベッドの中で眠る事が多くなっていた。ひたすら眠っていられるのは、エネルギー消費を抑えるためなのだろう。そしていよいよこの生命も終わるかと思った頃、その衝動は突然やって来た。
様子見で部屋に訪れた彼の体から、なんとも美味そうな香りがする。それを意識したら、腹の中と尻穴がキュウキュウと蠢いて、彼に抱かれたくてたまらなくなった。
尻穴を拡げられて中を擦られたい。腹の中を彼の精液で満たされたい。
なんともおぞましい欲求は、そうやって他者からエネルギーを奪えという体の訴えだ。
「お前、苦しい。だいじょぶか」
脂汗がにじみ額に張り付いた髪を、鋭い爪先で傷をつけないよう、そっと撫でるように払われただけでゾクゾクと快感が走る。
スライムは拒否しても、相手が彼なら良いというわけではもちろんない。雄の竜人に抱かれるだなんて当然嫌でたまらないが、それでもやはり、スライムよりはましという気持ちはあった。ここへ来てからの日々はまだ短いが、散々気遣われ世話を焼かれて、多少は表情が読めるくらいには情が湧いている。
そんな気持ちの緩みがこちらの反応にも如実に現れてしまった。
「ぁぁっんっ」
甘く吐き出す声に、驚いた様子の彼が慌てて手を離す。
「もっと……撫でて、くれ」
頼めば再度おずおずと手が伸びてきて、迷うようにそれでも数度髪を梳いた。
やはり凄くキモチガイイ。しかし喘いだらまたすぐ止められてしまいそうで、グッと唇を噛みしめ呻く。
「どうした!?」
呻き声を痛みと思ったのか、探るように顔が寄せられた。
近づくほどに彼の放つ香りも強くなり、たまらずその頭へ手を伸ばす。引き寄せその口元に唇を押し当て、舌を伸ばして尖った歯だか牙だかの隙間へねじ込んだ。
僅かに触れた彼の腔内は、驚くほどに甘くて美味い。
しかし舐めすすり堪能する事は許されなかった。
「何するっ、お前、おかしい」
加減を忘れた力で突き飛ばされて、ベッドの上を転がった。
「あっ……」
戸惑いと困惑がにじみ、こちらへ伸ばしかけた手は途中で止まっている。
「お前が、食いたい。というか、抱かれたい」
率直に告げれば、彼の顔にパッと朱が散った。頬を赤らめるなんてことが、竜人にも起こるのだと思うと面白い。というか俄然親しみがわいて思わず笑った。
「む、……むりむりむり。それ、俺、しない」
クルリと背を向けて、走って部屋を飛び出していく。鍵をかけ忘れたことにも気付いたが、起きだし逃げ出す気力も体力も残っていない。
暫く彼の反応を思い出して笑い続けたが、やがて疲れて目を閉じた。
このまま暫く戻ってこなければいいと思う。飢えて死ぬのはきっともうすぐだから、そうなるまで彼にはもう会いたくない。会えばまた誘ってねだって、必死に彼を食べようとしてしまうだろう。これ以上彼を困らせたくはなかった。
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