死にかけるとセックスがしたくなるらしい、というのは自分も聞いたことがある。子孫を残したいという本能だそうだ。
目の前の男は学生時代からかなり親しくしている友人で、この彼が先日海で死にかけたという報告に関しては、素直に無事で良かったなと返した。しかしそれが、だからお前を抱かせてというセリフに繋がる理由は、欠片も理解できそうになかった。というかわかりたくない。
「断る」
「そこをなんとか」
「嫌だ」
「俺たちの仲だろ?」
思わず鼻で笑ってしまった。むしろそんな仲だからこそ、彼が相手になることはない。
「無理なのはお前自身、わかってるはずだろ」
「まだ毛生えてなさそうな可愛い系ビッチな男ばっか相手にしてんのかよ。てか特定の恋人はどうせ居ないんだろ。だったら俺ともちょい付き合えって」
彼には自分がゲイだとカミングアウト済みだ。
彼は自身が対象でなければどうでも良いタイプで、少なくとも今日以前は普通に女が好きだった。普通にというか、胸がでかくて頭の中までゆるふわっとした即やり出来る女が好きで、性別の違いはあれど同じく即やり出来る可愛い系の男ばかりと関係している自分と、そういった面で若干好みが被っている。
つまるところ、彼は自分の好みには欠片もかすって居ないし、それは彼自身にとっても同じだったはずだ。
「まったく好みじゃない。好みのタイプならとっくにこっちから誘ってる。そうじゃないから俺たちは親友でいれるんだろーが。というかそもそも俺は抱かれる側はやらない」
「それは知ってっけど、お前だと思っちまったもんは仕方ないだろ」
「何が仕方ないだ。てか俺だと思ったってなんだよ」
「そりゃもちろん、死にかけた時思ったことだよ。お前とやってなかったのめっちゃ後悔した。あー無理矢理でもお前抱いときゃ良かったってさ」
「さりげなく物騒な言葉混ぜんな。なんだ無理矢理って。てかこれ、変なもん入れてないだろーな」
「あ、バレた?」
目の前のグラスを掲げて見せれば、あっけらかんとそう返されてギョッとする。相手はケラケラと笑いながら、すぐさま嘘だと続けた。
「うっそー。つかいつ入れる暇あったよ」
今居るのは雰囲気の良い個室居酒屋で、グラスが運ばれてきてから一度も席を立っていないので、確かにそんな隙はなかった。しかし彼の顔から、若干の本気を感じてしまったのもまた事実だ。
「大丈夫だって。持ってきたのは精力剤と媚薬系で眠剤とかじゃないし、犯罪する気もない」
「持って来てんのかよ!」
思わずツッコミを入れれば無理に飲ませる気はないけど一応と返された。もちろん悪びれた様子は欠片もない。
「つかどこまで本気なんだ。お前、今まで一切男になんか興味なかったろう。てかたとえなんかの弾みで男に興味持ったとしても、俺みたいのタイプにならないだろ?」
「割とマジに誘ってるというか頼んでる。あと、確かに死にかけるまで男に興味なかったどころか今も別に男に興味があるってわけでもないけど、男ならお前以外ないってのは結構昔から思ってたよ。言ったことねーけど」
「確かに初耳だ。てかマジで俺なのかよ……」
「そーだよ」
肯定されて大きくため息を吐いた。
「せめてお前が抱かれる側なら考えてみないこともない、かな」
渋々とながら妥協案を出してみたが、それはあっさり否定されてしまう。
「あーうん。それはない」
「少しは譲ることも覚えたらどうだ?」
「いやだって、譲るってーか、お前こそ俺に勃たなくね?」
タイプじゃないって言い切ってんじゃんと指摘されて、返す言葉が見つからない。
「俺はお前には勃つよ。だから抱きたいわけだけど。てかそろそろ頷いてもいい頃じゃね?」
「その自信はなんなんだ」
弱気の滲む声になってしまったのは自分でも感じた。彼はわかってんだろと言いたげにニヤリと笑う。
「何年お前の親友やってきたと思ってんの。俺が抱かれる側なら考えるって言った時点で、お前はもう俺受け入れてるわけ」
違うかと聞かれてすぐに違うと返せなかった時点でお察しだ。
「男抱いたことはないけど、でも多分、俺、上手いと思うよ?」
ちょっとの間黙って身を任せてみてよと、先ほどとは打って変わって柔らかに笑う。キザったらしい笑顔だと思った。それに、確かに女性相手に培ったテクにそれなりの自信があるのだろうが、先ほどのセリフを忘れてはいない。
「薬頼りでだろーが」
「無理に飲まなくっていいって言ったじゃん」
「もし下手だったら殴って止めさせるぞ」
「はい決まりね」
やったーと両手を挙げて喜ぶわざとらしい仕草に、乗せられてしまったと思いつ苦虫を噛みつぶした。
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