分岐点はいったいどこだったんだろう。なんで関係を終える気になってしまったんだろう。
記憶を遡って最初に引っかかった違和感は、やはり昼寝のときだった。らしくない柔らかな態度に随分とドキドキさせられたのを覚えている。ただあれは寝ぼけていたからで、本当の意味でらしくないことをしたのは、相手ではなく自分の方だ。
ずっと受け身でされるがままだったのに、自分から手を伸ばして相手に触れてしまったけれど、きっとあれが最初の躓きだったんだろう。
目を逸らしていたって、そこには生まれてしまった想いが確かに存在していたし、認めていなくたって、ないものにしたくたって、想いは自分の意志とは無関係に漏れ出てしまう。さっきだってほぼ無意識に媚びて誘う真似をした。しかも笑われるくらいあからさまに。
どう考えたって、こちらの想いはもう、相手にも伝わっていると思って良さそうだ。そしてそれこそが、相手に関係を終えようと思わせる理由になっているのだと思う。
寝ている相手に思いつきと衝動で手を出したりしなければ、この想いに気付かれずに済んだのだろうか。いやでもきっと、時間の問題でしかなさそうだ。目を逸らしていたせいで、それほどに大きく育ったことにも気付けずにいたのだ。向き合って、認めて、もっと厳重に押し込め隠すという手段を取るべきだったのかもしれない。もう、遅いけれど。
相手からすれば、こちらが相手に対して好意を抱くだなんて、とんだ誤算も良いところだろうことはわからなくない。体を気持ち良くはしてくれたけれど、それだけだということはわかりやすく示されていた。そこに相手の好意がないことはちゃんとわかっていた。
だから自分だって、どうしてと思う気持ちは強い。
同期が恋する先輩とかなり仲が良いというのを知るまでは、同じ寮に住んでいても殆ど接点なんてなかった。探りを入れるために近づいた最初だって、どちらかといえば相手は素っ気なく、どことなく警戒されている感じさえしたのに。
思えば愛想が良かったのなんて、同期が寮へと引っ越してくる前後の短い期間だけだった。しかもそれだって、相手の狙いはこちらを油断させて、あの親睦会で酔い潰して抱くためだったと、とっくの昔に気付いている。
どこから湧いてくるのかもさっぱりわからない好意なんて、胸を痛めて憂鬱にさせるだけのそんなもの、邪魔でしかないのに。こんな気持ちが湧かなければ、きっとダラダラとセフレみたいな関係を続けていけたのに。
優しくされたいとか、甘えたいとか、恋人になりたいとか、一緒に何処かに出かけたいとか、恋人に可愛がられてふわふわと幸せを振りまくようになった同期が羨ましいとか、自分一人きりの時でさえ、一度だって口に出したことはない。美味しい食事と、体がキモチイイ性欲処理なセックス以外の何かを、欲しがったこともねだったこともない。
それでもダメなのか。そこに相手へ向かう好意があるというそれだけで、もう、ダメなのか。こちらから触れたがったり、媚びて誘う仕草を見せてはいけないのか。
想いに応える気はないという態度を貫いてくれて構わないのに。期待なんてしてないのに。それでも今すぐ関係を終えなければならないほど、これはそんなにも厄介な感情なのか。
グルグルと巡らす思考に、頭の中がグラグラ揺れる気がした。
宣言通り、気持ちよさの欠片も与えられないまま強引に入り込んだ二本の指が、ただ拡げるためだけにグニグニと腸内をこね回している。ハッ、ハッ、と漏らす自分の息は耳に届いているけれど、まるで他人の物のように現実感がない。
息苦しいのは強引さもあるけれど、湯の中でというのも大きいだろう。頭の中がグラグラと揺れるのも、半分くらいは湯のせいかもしれない。
苦しくて、胸が、痛い。
「お前が泣いたらもっと気が晴れるかと思ってたけど、やっぱもう罪悪感しか湧かねぇな」
諦めと呆れと不快とを混ぜたような声が掛かって、ずっと閉じていた目を押し開く。困ったような、それでいてどこか優しげな苦笑顔で、相手が自分を見つめていた。
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