眠りから覚めた時には一人だった。確かめるように触れた、あの人が寝ていた場所のシーツはすっかり冷えている。
溢れるのは苦笑。目覚めた時、腕の中で眠る自分を見てどんな顔を見せたのか、知りたい気もするし、知りたくないとも思う。
ため息を吐いて、枕元に置かれた携帯を取り上げた。それは自分のものではなく、あまり馴染みのない電子音を響かせている。相手が目覚まし用に仕掛けたんだろう。自分を起こしたのはこの音だった。
どうせ襖一枚隔てた先に居るんだろうから、直接起こしに来てくれればいいのに。そう思いながら開いた襖の先は無人だった。
相手の携帯は自分の手の中で、未だ音を鳴らしながら小さく震えているのに、人気のない静かな空間を前になんだか無性に不安になる。
大浴場から戻った時もそうだった。寝ているのを見つけた最初、ホッと胸を撫で下ろしたのを覚えている。あれもやはり、姿が見えないことで不安を感じていたからだろう。
まさか置いて帰られるなんて事はあるはずないと思うのに、それでも居るはずの場所にその姿がないと不安を感じてしまうくらいには、相手に対する信頼がないのだと思う。酔わされて潰されて気付いたら抱かれていたみたいに、また、こちらが油断した隙に何か酷いことをされるのではないかと疑う気持ちがある。
そんな気持ちを自覚しながら、誘われれば平気な顔して付いていく自分も大概オカシイのだけれど、奢ってくれるからとか、気持ちよくしてくれるからとか、そんな理由を掲げて目を逸らしている。
「ああ、ちゃんと起きたな。そろそろ飯の時間だぞ」
ぼんやりと立ち尽くしていたらふいに声が掛かって、慌てて声がした方向へと顔を向けた。洗面台や脱衣かごの置かれた区画から現れたその人は、どうやらまた風呂へ入っていたらしい。
「まだ寝ぼけてるのか?」
そのままつかつかと歩み寄ってきて、手の中の携帯を取り上げアラームを切るのを、やはりぼんやりと見つめてしまえば、苦笑交じりにそう問いかけられた。特に変わった様子はなく、いつも通りの顔と声音に、肩透かしと安堵とが混じったような妙な気持ちになる。
そして次に湧くのは、ほのかな苛立ちだった。それは相手に対してというよりも、自分自身に対してかもしれないけれど。
振り回されて胸を痛めて不安になって、いったい何を期待しているんだろう。もっと図々しく、たかってやるくらいの気概で対峙してちょうどいいくらいの相手だと、そんなことはもう十分わかっているのに。
気持ちを切り替えよう。せっかくの温泉と食事を、堪能して帰ってやろうと思った。
「俺も飯前に露天の方、入っておきたかったんですけど」
「なに、起こさなかったから拗ねてんの?」
「拗ねてません」
「気持ちよさそに寝てたから、寝かしておいてやっただけだろ。むしろ叩き起こさなかったことを感謝されたいとこなんだけど」
「こんな時ばっか変な気遣いいりませんよ。せっかく奢りで温泉来てるんだから、寝て過ごすより温泉入って過ごしたいです」
「わーかったって。わるかったよ。さすがに食事の時間は今更ずらせないけど、食後に好きなだけ入っていいから」
「言質とりましたからね」
「はいはいどーぞ。というかいちいち俺の許しなんか取らなくていいから、夜中だろうと朝だろうと、好きに入れよ?」
そのための部屋付き露天風呂なんだからと続いた言葉に、そういう意味じゃないと訂正はしなかったし、そんな余力を残してくれる気があるのかと聞き返すのは藪蛇な気がしてやめておいた。
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