まさかこのまま強引に部屋に連れ戻す気かと思ったものの、さすがにそこまでの余力は相手にもないらしい。数歩下がった所で突き飛ばされて廊下に転がされた。
「う゛ぁ゛あ゛っ」
埋められていた指も同時に引き抜かれたが、勢い良く擦られた痛みと衝撃に体が震える。とっさに、自分自身の体を守るように背を丸めて縮こまろうとするが、背後にしゃがみこんだ相手に羽交い締めされてそれも叶わない。
「ちょっとオイタが過ぎましたね」
再度手で口を覆われて、耳元に相手の口が寄せられる。囁く様な声音はやはり笑い混じりで、気味の悪さにゾワリと肌が粟立った。
「あれ? 耳は感じる?」
口は塞がれ悲鳴を上げれなかったし、嫌悪丸出しなはずのこちらの顔も見えていないだろうから、勘違いしたらしい。ふーんと言いながら更に口が寄せられて、舌で、歯で、唇で、晒した耳を嬲られた。
「ん゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛」
嫌だ。嫌だ。気持ち悪い。
こちらはただひたすら気持ち悪くてたまらない感触に呻くばかりなのに、ゾワリゾワリと怖気立つ肌を感じていると誤解している相手は、楽しげにしつこく耳を舐め弄ってくる。無遠慮に弄られたアナルを含んで、腰全体が鈍い痛みを訴え続けていたし、身を捩って暴れて抵抗するだけの気力と体力は尽きていた。
さすがに心が折れて、このままこいつに犯されるんだと、悔しさと悲しさとを綯い交ぜた涙があふれて止まらない。そんな中、玄関扉がガタガタとひどい音を立てた。
さすがの異変に相手が動きを止めたのと、玄関扉があっさり開いたのはほぼ同時だったと思う。そこには鬼の形相の同居人が立っていた。
そこから先は嵐のようで、ふざけんなテメェの怒声とともに突っ込んできたルームメイトの友人に、背後の男はあっさりのされてボコボコだった。自分はと言えばその展開を呆然とみていただけで、後輩男を殴りまくる友人を止めたのは、結局駆けつけてきた警官だった。
つまり誰でもいいから通報して欲しいという願いは届いていたわけだ。
その後、後輩男が部屋に入れたのは友人の鍵を無断拝借して合鍵を作っていたからだってことや、繋がる前に後輩男に捕まり落としていた携帯は、落ちた後に友人と繋がり、それで慌てて駆けつけてくれた事などがわかったけれど、警察沙汰になってしまったのもあって、当然、親も大学も巻き込んでそれなりに揉めた。
結論から言えば、後輩男とは示談した。後輩男をかなり手ひどく殴りつけた友人に、間違っても前科なんて付けたくなかったというのがやはり一番大きい。
犯されてしまう前に助かったというのももちろんあるし、自力ではなく友人の功績だけれど、相当の痛手を負わせたというのもある。加えて、うちの教授も相手のゼミの教授も相当怒っていたし、残り少ないとはいえ、それでも卒業まで相当苦労するだろうことがわかっていたのも、それなりに大きいかもしれない。
そんなこんなで揉めていたので、彼との約束はキャンセルした。ついでに、もう会いませんとも送って、相手の連絡先をブロックした。何があったかの詳細はもちろん知らせることが出来なかったので、相手はさぞ不審に思っただろうけれど、相手を納得させて離れて貰うにはどうすればいいかを考える余裕がなかった。
その彼が研究室に顔を出したのは、事件から一月半ほど経過した頃だった。怒っているのか硬い雰囲気で入ってきた相手に身構えてしまえば、それに気づいた相手が困ったように笑ってゴメンねと言った。
何がゴメンなのかさっぱりわからない。けれど、なんの謝罪ですかと問う前に、相手はアポは取ってあるからと教授のいる隣室へと消えてしまった。
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