困ったなと思う。困った顔を見せたからか、彼は更にゆっくりと、言葉を選び選び続けていく。
「恐怖感や、嫌悪感で、というなら。彼と俺とは違うということを、君なら、理解してくれるだろうと思ってた。君が、男同士で恋人になる、ということに否定的なのは知ってるし、君を好きだと思う気持ちから、君に何かを強要する気なんて一切ない。それをわかった上で、それでも君がもう、俺と過ごす時間が苦痛だとか、生理的に無理だとか言うなら、君のその気持ちを受け入れて、君と会うのはこれっきりにする。今日は、そういうつもりで、来たんだけど。でも、俺はもっと何か根本的な所で、間違えてるらしい。だって君は、俺と彼とが違うってことを、しっかりわかってる」
そうだろと言いたげに、真っ直ぐに見つめられて、同じように真っ直ぐ見つめ返すのは無理だった。しかし逃げるように顔を正面どころか少々逆側へ向けてしまっても、彼の強い視線は注がれたままだし無視できない。視線に焼かれてでも居るみたいに、彼の視線に晒された肌がチリチリピリピリ反応している。意識しすぎだと思えば思うほど、恥ずかしさがこみ上げるし、まるで彼の視線に感じてでも居るみたいに、チリチリと焼かれていた肌がゾワッと粟立ってしまう。
「はぁああ」
耐えきれなくなって、大きく息を吐きだした。触られたわけでもないのに。見られただけで期待に体が疼くなんて。
「だから会いたくなかったのに」
「えっ?」
ぼそりと零した声に相手が焦ったのはわかったけれど、自分自身に手一杯で、熱くなった頬を両手で覆って俯いた。とても相手の顔を見てなんて話せない。
「俺、あなたと付き合う気、本当にないんですよ。恋人になんて、なりたくない」
「知ってるよ」
聞こえてきたのは思いの外単調な声と小さな溜め息だった。一体どんな顔でそれを言っているんだろうと気にはなったが、もちろん、顔を上げてそれを確かめる気にはなれない。
「恋人にならなくていい。関係の名前なんて、友人でも、先輩後輩でも、なんならちょっとした知り合いでも、なんだっていい。俺はただ、君と過ごす時間が無くなってしまうのが、惜しいだけだよ」
今度は自分が、知っていると返す番だった。
「知ってますよ。でもそれ、俺の気持ちが変わるの待ってるってとこ、あります、よね? 俺はあなたへの好意を隠せないし、いつか想いが育ちきって、あなたが男でも付き合いたくなるかもって期待、あります、よね?」
「そりゃあ、多少は、ね」
今度ははっきり、苦笑されているのがわかる。
「ただ、そうならなくたって構わないとも、思ってるよ。だって君と過ごす時間は、とても楽しい」
恋愛感情を抜いても君との会話は有意義だという言葉は多分本気で、それは自分だって同じだった。それを疑う気はないし、それを嬉しいとも思う。でもやっぱり、いつか恋人になってもいい気になるか、このままの関係が続くかの二択しかないんだなと思う。キスに嫌悪感がないだろって、実践して見せたのは相手のくせに。
「あなたが見落としてるのは、俺があなたとの恋人関係を否定したまま、あなたを欲しがる可能性、ですよ」
ああ、言ってしまった。
「……えっ?」
「理由も告げずにあなたを一方的に切ったのは、後輩の男に襲われた事を知られたくなかったとか、それが何かトラウマになってあなたを避けたくなったとか、そういうんじゃないんですよ。あなたに会ってしまったら、キスして欲しいとか、俺に触って欲しいとかって気持ちが、きっと抑えられないって思ったから、です」
「……は?」
きっと呆然としているんだろうなというのが、漏れる声と気配からありありとわかる。当然だろう。その顔を見てやりたい気持ちは湧いたけれど、きっと笑ってしまうだろうから止めておく。
「それを説明して、だから会えませんって言って、あなたが納得して引いてくれるなんて思えなかったから、理由、言えなかっただけです」
返す言葉もないらしく、気まずい沈黙が車内を支配する。彼の言葉を待つべきなんだろうか。いっそ、知りたかったことはわかったでしょうと言って、車から降りてしまおうか。迷いながら、そっと溜め息を吐き出すと同時に、ゴンと鈍い音が響いてビクッと肩が跳ねてしまった。
何が起きたのかと、さすがに顔を上げて彼の方へ顔を向ければ、相手はハンドルに頭を押し付けるように項垂れている。先程の音は、どうやらハンドルに頭を打ち付けた音だったらしい。
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