追いかけて追いかけて13

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 声を掛けていいものか迷っていたら、顔を上げないまま、相手が一応の確認だけどと話しかけてくる。
「もし俺が、欲しいならあげるよって言ったらどうするの。恋人になるのは嫌だけど、セフレにならなる。って意味には聞こえなかったけど」
 それともセフレになるのかと聞かれて慌てる。そんなつもりは欠片もない。
「なりませんよっ」
 思いっきり否定すれば、だよねと諦め混じりの苦笑がこぼれて、それからようやくハンドルに伏せていた頭を上げた。こちらに振り向いた顔は、視線が合うとふにゃっと柔らかに歪む。困ったような泣きそうな、なのにどこか優しい笑みを浮かべているから、申し訳ないと思うのに、同時にドキドキしてしまうような、不思議な感覚に襲われた。
「わかったよ。君と今後も継続できる関係を探すのは諦める」
 それは納得して引くという宣言にほかならない。なのに安堵するより胸が痛んだ。
「そんな顔をされると、このまま連れ込んでもいいのかなって気になるんだけど、どうしようか」
 そんな顔という指摘に、顎と眉間に思いっきり力を込めてしまっていたのを自覚する。グッと奥歯を噛み締めてしまったのも、眉間に力を込めてしまったのも、咄嗟のことで無意識だった。
「どーするって、何を、ですか。連れ込むって、どこに?」
 指摘されても力を抜くどころか、ますます眉間にシワが寄ってしまう。
「駅まで送るのと、ラブホ行くの、どっちがいい?」
「はぃ?」
「欲しいならあげるよ。というより、欲しい気持ちがホントなら、貰ってよ」
「でも、セフレにはならないって、言ったばっかで」
「うん。個人的に会うのは今日で最後のつもり」
 つまり最後に一回だけ触れ合ってみないかという誘いらしい。触れてしまうことで未練が産まれたり後悔しそうなら断っていいよと言われたけれど、そっちこそどうなんだと聞きたい。
 期待されたり未練を残されたり後悔されたりしても何も出来ない。というよりそもそもする気がない。彼との関係を断つ気持ちが変わるとは思えないし、触れたらますます、もう二度と会えない、会ってはいけないという気持ちが強くなるはずだ。
 本気なの。どういうつもりなの。期待じゃないの。大丈夫なの。後悔しないの。色々と聞きたかったけど、でも結局何も聞かなかった。誘いに乗るなら、相手の本音やら思惑なんて、きっと知らないままの方がいい。
「なら、ラブホ、へ」
 緊張から掠れて震える声が恥ずかしくて、顔どころか全身がのぼせたみたいに熱かった。
「了解。ね、車出す前に、先に一回キスしていい?」
「え、……なん、で」
「真っ赤になって可愛いから」
「うぇ?」
「後ちょっと緊張しすぎ」
 いいとも悪いとも言わないうちに、相手がこちらに身を乗り出してくる。そういや相手はまだシートベルトを着けていないんだった。
 ちゅ、と軽く触れた唇はすぐに離れたけれど距離はちっとも開かず、すぐにまた触れ合ってしまう。一回じゃないのかと思いながらもどうしていいかわからず受け入れ続けてしまえば、何度も軽いふれあいを繰り返した後で、目を閉じるように促される。
「そろそろ目、閉じて?」
 まだ終わらないのかと思いながらもやっぱり何も言えずに従えば、今度は少し長く唇が触れ合って、最後にちょっと強めに下唇を吸われた。
「んっ……」
 驚いた割に、なんだか甘えるみたいな鼻息が漏れてしまって恥ずかしい。なのに、やっと少し距離が開いたのを感じて瞼を上げれば、相手は満足げに笑っている。
「いいね。もう少し続けようか?」
「一回って、言った」
「うん。一回じゃ全然足りなかった」
 悪びれずに告げて再度距離を縮める相手の顔を避けるように顔を横に向ければ、当然のように頬にその唇が落ちてチュッとリップ音を響かせた。
 窓越しに見えた景色に、車の中とはいえ外から丸見えだってことを今更ながら強く意識してしまって焦る。
「も、ちょっと、やですって」
 相手を押しのけるように腕を突けば、じゃあ終わりと言ってあっさり身を引いていく。
「てかこれ、外と変わらないんですけど。俺、まだ1年以上この大学通うんですけど」
「大丈夫。誰も通ってなかったよ」
 確かに今いる駐車場は大学の裏側だし、メインの通りからはだいぶ外れているし、駐車場そのものも閑散としているし、時間帯の問題か人っ子一人見当たらないけれど。
「そういう問題じゃなくて」
「そういう問題だって。あのまま出発するより、キスして良かったって思わない?」
 俺は思うよと断言されて、否定は出来なかった。確かに相手を意識しすぎることもなく、緊張ものぼせるみたいな羞恥も消えて、これからラブホに行こうとしてるってのがなんだか嘘みたいな雰囲気だ。
「それより、そろそろ本気で移動するけど、目的地は俺にお任せでいいの? 気になるとことかある?」
 気になるところなんてあるわけがないと言えば、電車から見えたりするホテル気になったりしないのと問い返されてしまった。いや確かに、通学中に車窓から見えるラブホってのはあるけれど。夜間にギラッと光っていると気になるものだけれど。
「せっかくですし、あなたのオススメに連れてって下さいよ」
「そんなのないから希望を聞いたんだけど」
「お任せで連れてってくれるのはオススメじゃないと?」
「お任せされたら適当に道流して、目についた入りやすそうなとこ入るだけ」
 お任せでと返せば、わかったの言葉と共にようやく車にエンジンがかかった。

続きました→

 
 
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