追いかけて追いかけて21

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 気持ちの切り替えが必要だと言って、相手はシャワーを浴びに行ってしまった。精一杯の気遣いか、彼側の問題だからってことと、ちゃんと気持ちを切り替えて戻ってくるから大丈夫だってことと、あまり色々考えすぎずに待っててと言われたけれど、考えないなんて無理に決まってる。
 何を失敗したのかわからない。襲われてる最中に彼の名前を呼んだと教えてはいけなかったらしいのはわかったけれど、それが彼の中の何に引っかかったのか皆目検討がつかなかった。しかも、本人の言葉を信じるなら、彼の名を呼んだというその事実は、彼にとっては悲しいことらしい。
 あの時、乾いた指をねじ込まれる痛みの中で、彼のことを強烈に意識したし、抑え込んでいた自分の中の願望とも向き合った。彼を選びたくて、もっと彼に触れて欲しい気持ちに気づきながらも、なぁなぁにしてずるずると会うのを止められずにいた。そんな自分に、彼と会うことをきっぱり止める決意をさせたくらいに、認めてしまった自分の欲求は厄介なものだとわかっていたのに。
 自分自身が持て余すようなものを、相手に告げたのは確かに間違いだったんだろう。
 だって、上書き行為をねだったなんて思われたくなかった。ただただ好きだから欲しいと思った事実を、彼にも知ってて欲しいと思ってしまった。悲しませる気なんかなかったし、むしろちょっとくらいは喜んでくれるかと思っていたのだから、自分は本当に何もわかっていない。
 抱かれてしまう前に同居人が駆けつけてくれたおかげで、男に襲われかけたトラウマなんてないと思っていたのに、いざ触れられてみれば後輩男にはべったりと痕跡を残されていた。自分じゃ気づいていなかったそれも、彼にはしっかりと見えていたようだから、彼が今何を考え、どんな気持ちに整理をつけて切り替えようとしているのかなんて、わかるはずがないのも仕方ないかもしれない。自分と彼とでは、見えているものが多分違いすぎる。
 授業のこととか、研究内容とか、彼の仕事のこととか、そういったことなら、もっと簡単にお互いの世界を共有できるのに。他愛のない日常のあれこれも、日々流れていくニュースも、話題の映画も音楽も、一緒に食べにいく食事も、意見が割れた時でさえ楽しくて、相手のことを理解できないと思ったことはないのに。好きな気持が絡むと、こんなにもわかりあえない。
 脱がされてしまったホテルの部屋着をもう一度着て、自分もベッドを降りた。だってなかなか戻ってこない。考えることは止められないのに答えも出ないし、戻ってこないってことは相手だってまだ気持ちの整理がついていないんだろう。向かう先は当然バスルームだ。
 シャワーの水音が漏れ聞こえるバスルームのドアを開けば、すぐに違和感に包まれる。浴室内はまったく暖かくなかった。
 彼が頭から浴びてるのはお湯ではなく水だ。慌てて中に踏み込んで、勝手にカランを弄ってシャワーを止めた。
「待っててって言ったのに」
 濡れた髪をざっくりとかきあげ、悪い子だな、なんて笑う顔も声も力がない。
「何やってんですか」
 対するこちらの声は低く唸るみたいにドスがきいてしまって、思いっきり相手を責める感じになった。彼を叱りにきたわけじゃないのに。
「大丈夫だよ。水ってほど冷たいの浴びてたわけじゃないから。ぬるま湯」
「嘘つき」
 そっと触れた彼の腕は冷たくて、そのまま引き寄せられるように抱きついてしまった。触れ合う肌はどこも冷たくて、部屋着が吸い込んだ水滴だってやっぱり冷たい。
 少しでも熱を分け与えようと、相手の体をぎゅうぎゅうと抱きしめてしまえば、やがて諦めたみたいな吐息が一つ落ちてきた。
「ごめん。みっともない姿を見せたね。風邪をひく前に、ちゃんと温かいシャワーを浴びよう」
 穏やかに言い聞かせる声が腕を離してと促すので躊躇いながらも従えば、再度シャワーから水が吹き出す。それはすぐに温かなお湯へと変わった。

続きました→

 
 
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