国の王子が死んだ。
そんな噂がガイの住む村にまで届いたのは、ビリーを引き取ってからおよそ1年の月日が流れた頃だった。
旅の途中で山賊に襲われたのだという内容も、どこか遠い世界のことでしかない。ただ、王子が襲われた場所というのが、ガイの住む村と隣町とを結ぶ道の途中から伸びる、この近辺では一番大きな港町へと続く道でのことと知っては、多少なりとも不安になる。
滅多なことではその港町へと向かうこともないが、村の掲示板にも、市の立つ隣町の掲示板にも、その噂を受けてか山賊に注意するよう呼びかける掲示がなされていれば、なおのことその不安は大きくなった。
「なぁ、ビリー」
「心配しなくったって、こんな小さな町や村に住む人間をカモにするために、わざわざ出向いてくるとは思えないよ」
「せやけどな、別に生活に困っとるわけやなし、暫くバイト、休んだらどうやろう」
春が来て畑仕事が忙しくなった際、ビリーはこれで御役御免とばかりにあっさり学校へ通うのをやめてしまったが、家の仕事もきっちりこなすことを条件に、バイトだけは続けていたのだ。なのでビリーだけ、週に3日程度、一人で隣町に向かう。
ガイはそれが心配だった。いくら通い慣れた道でも、子供の一人歩きは危険じゃないだろうか。
「でも、欲しいものもあるし、バイトは出来れば続けたいんだ」
「欲しいもの? なんや、そないなもんがあったんかい。ほな、言うてみい」
「ねだれるようなものなら、とっくにねだってるよ」
物によっては買ってやるからと告げたガイに、ビリーは少し困ったように笑って見せた。
そんなやり取りから数日。バイトから帰って来たビリーは、弾むような笑顔で、ガイを家の外へと連れ出した。
ガイは驚きで目を見張る。
そこには黒鹿毛の馬が一頭、のんびりと道端に咲く雑草を食んでいた。
「どうしたんや、この馬」
「買ったに決まってるだろ」
「買ったって……そうか、この前言うとった欲しいものて、これやったんか……」
「そう。前に、必要に迫られて手放したって言ってたから。これで、納屋にある荷車も使える筈だし、そうすれば出荷量が大幅に増えると思って」
「それは、そうやけど……」
ほんの数ヶ月のバイト代で、馬が買えることなどないことも、ガイには良くわかっていた。
「どこで、そないな大金手に入れたん?」
「時計を売ったんだ」
「時計……って、アレ、か?」
引き取った当時、ビリーが唯一所持していた、精巧な細工のされた金の懐中時計。
「ビリーん身元のわかる、唯一の手掛かりやんか。そないに大事なもん、手放してどうすんねん!」
「いいんだ。一年待っても迎えは来なかったし、もう、持ってる必要もないと思って」
「必要ないわけないやろ!」
「落ち着いてよガイ。俺に必要なものは、俺自身が決める。俺は、あんな時計より、ガイが必要なんだよ」
「理由になってへん」
「今の生活を続けたいんだ。ただ、それだけだよ」
「せやけど、時計売ってまで、馬なんて……」
常から馬は必要だと思っていたから、この思いがけないビリーの買い物を喜びたい気持ちと、そのために手放したという金時計への罪悪感に似たような物とが、ガイの内でせめぎ合う。
「俺が、欲しかったんだ」
ガイにそんな顔をさせるためじゃないと、ビリーは欠片も時計への未練を見せずに笑う。
「これで隣町への往復も楽になるし、子供の一人歩きじゃなくなるんだから、バイト辞めろとは言わないだろ?」
「せやけど、欲しいもん買えたんなら、もうええんちゃうの?」
「そう思ったけど、剣術、習っておこうかと思って」
「剣術!?」
「盗賊に襲われたとき、ガイを守れる様にさ」
「は?」
「まぁ、そんな日はこないことを願ってるけど、強くなるのは悪くないだろ。道場に通う費用分だけ、バイトを続けるよ。もちろん、家のことも今まで通りに手伝うし」
文句はないだろと言わんばかりの口調に、ガイは肩を竦めて、好きにしたら良いと告げた。
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