先ほど交わした会話の懐かしさから、たまには一緒のベッドで寝ようかと誘えば、ビリーは酷く驚いたようだった。
「いくら子供の体温や言うたかて、身体はそこそこ育っとるもんな。男二人で一つのベッドに寝るんは窮屈やろうし、嫌なら無理せんでええけど……」
変な誘いを掛けてしまったと苦笑するガイに、ビリーは慌てたように首を振って見せた。
「嫌じゃない。そっち、行っていいのか?」
「ん、ええよ」
ガイはベッドの端に寄り、ビリーのために布団を捲ってやる。
「ホンマ、温かいなー」
緊張を滲ませながら隣に潜り込んでくるビリーに小さく笑いながら、気軽な気持ちで、昔したみたいにその温もりを抱きかかえた。
さすがに大きくなった。なんてことを悠長に感じる間もなく、グイと引き寄せ抱き返す腕。
「ビ、ビリー!?」
思いがけない強さに、さすがに慌ててしまう。
「本当は、」
耳元で聞こえる声はどこか悲しげで、焦ってもがくガイの動きを止めるには、充分の効力を持っていた。
「ビリー……?」
そっと呼び掛ける声に、ためらいの沈黙。
「こんな風に抱きしめたいのは俺なんかじゃなくて、本当は、可愛い奥さんなんじゃないのか?」
「えっ?」
一体何を言われているのか、さっぱりわからず聞き返す。
「血の繋がらない俺なんかじゃなくて、本当の子供、欲しいとは思ってないの?」
「何やソレ。てか、ちょお待てって」
ガイの制止の声を振り切って、ビリーは溜め込んでいた思いを吐き出す勢いで言葉を続ける。
「結婚して、子供作って。ガイはきっと、良いお父さんになると思うよ」
「コラコラコラ。いきなり何言い出しとんの」
「いきなりじゃない。ずっと、考えてたんだ。時々、市場のおじさんに結婚勧められてるの、知ってる」
「せやったら、断っとるのも知っとるやろ?」
「俺みたいな大きなコブ付男と結婚したがるような女はいないってやつだろ」
「そうや」
「それは要するに、俺が居なかったら結婚したいってことじゃないか」
「そうは言うてへんやろ。てか、ここ最近変やったんは、そんなん考えてたからかい!」
「考えるよ。考えるに決まってる」
「心配せんでも、結婚したいから出てってくれなんて言う気、さらさらないわ」
「でも俺は、ガイに放り出されたとしても、一人で生活できるくらいの大人になった」
「それは、出て行きたいて、意味なんか?」
「違うよ。そうじゃない。そうじゃないけど!」
腕の中の身体が、心なしか震えているように感じた。初めて会った時からどこか大人びた雰囲気を持つ子供だったから、こんな風に言葉を捜しながら苛立ちをぶつけられたのは初めてで、驚きと同時に湧きあがる、これはきっと父性のようなもの。
「まだまだ子供でええやんか。ワイが保護者じゃ頼りないんはわかるけど、ワイは、ビリーんこと、本当の子供みたいに思てるんやから」
「親子ほど年離れてないだろ」
「それでもや。もう、ビリーはワイの家族なんやって、さっきも言うたやろ」
「でも俺は、ガイの子供になりたいわけじゃない」
「身体ばっかりでかなっても、ガキはガキやで?」
「年ばっかり重ねても、大人とは限らないだろ」
「生意気言うて。年を重ねればそれなりに責任言うモンが出てくんのや。ワイが保護者でビリーが被保護者。一緒に暮らすの許した時から、これは変わらん」
「一生?」
「そこまで先のことは言えへんけどな。ビリーがワイの家に居るうちは、そうなんちゃう?」
いつか本当に大人になって、ビリーが家を出て行くまでは、ビリーの兄であり親でありたいとガイは思う。頼りないのは自覚済みだけど、出来る限りのことはしてやりたい。だから、本当に、結婚なんてする気はまだまだ全然ないのだ。
第一、ビリー一人ですらまともに自分の力一つで養えないで、妻や子供を持つ資格があるとも思えない。
「もし俺が女だったら、ガイの子供産んで、奥さんて位置に立てるのにな」
そんなガイの気持ちをまったく無視する形で、ビリーがボソリと呟いた。あまりの内容に、苦笑しか零れない。
「アホ言いなや」
「本気だよ。ガイの子供になるくらいなら、ガイの奥さんになりたい」
「そろそろワイの背を抜かそうって男が、あんまトチ狂ったこと言わんといて」
「結婚する気がないなら、俺を貰ってよ。家事だって、そこらの女に負けないくらいデキルと思わないか?」
「そういう問題とちゃう。第一、自分かていつかは可愛いお嫁さん貰て、子供こさえて、いいお父さんになりたいて思うやろ?」
「ガイが奥さんになってくれるなら、俺は自分の子供なんていらないけど」
「せーやーかーらー。そういう話しとるんやなくて!」
「別に間違った話題じゃないだろ。俺は、ガイと親子としての家族より、夫婦としての家族になりたい。ガイを他の女に取られるのは嫌だよ」
肩に掛かった手が身体を押して、ガイとビリーとの間にわずかな空間が作られた。
間近に見えるビリーの表情は欠片も笑いを含まない、酷く真面目なものだったから、ガイはいい加減笑って終わりにしてしまおうと開きかけた口を閉じる。そんな真剣に見つめられても、戸惑うばかりでどうしたらいいかわからない。
「俺じゃ、奥さんの代わりには、なれない?」
「なれるわけ、」
ないと続けられずに、ガイは小さく息を飲む。突然下肢へと伸ばされたビリーの手が、股間にギュッと押し当てられたからだ。
「な、なに!?」
「子供は産んであげられないけど、気持ちいいことなら、手伝えるよ」
「い、いらん!」
「ガイはいつもどうやって処理してる? まさか特定の恋人はいないだろうから、俺がバイトでいない日に、一人で? それとも、俺が気付いてないだけで、町裏で女性買ったりしてるの?」
「こ、こら、手、どけ、」
サワサワとうごめきガイの性感を煽ろうとするビリーの手に、聞こえてくる言葉はまともに頭に入ってこない。ガイは必死になって股間に当てられたビリーの手を掴み、なんとかその動きを止めさせた。
「さすがに町裏のお姉さんほどには巧くないと思うけど、一人でするよりは絶対気持ち良くするから、ね、いいだろ?」
耳元で囁く吐息が、既になんだかイヤラシイ。ダメだと言ってやりたいのに、ガイの手の力がわずかに抜けた隙を狙って振りほどいたビリーの手が、次々と先ほどよりも強い刺激を与えてくる。
「あっ、……!」
思わず零れ出た嬌声に、ガイは恥ずかしさで固く口を結んだ。
「溜め込んでたの? もう、凄く硬くなってる。な、ちゃんと、気持ちいいよな?」
気持ちいいなら声を聞かせてと頼まれたって、ほいほい頷けるわけがない。ガイはなんとか首を振って拒否の意を示した。
本当なら、その手を振り切って逃げ出したいくらいなのだ。なのに、身体に力が入らない。
どうしても必要なときだけ、ただ扱いて吐き出すだけの粗末な処理しかしてこなかったガイにとって、ビリーの与える刺激は衝撃的だった。恥ずかしく零れ出ないようにと、声を噛むだけで精一杯。
「意地張らずに、気持ちいいって言ってよ、ガイ」
再度、いいよね? と確認されて、ガイは残った理性を総動員してビリーのことを睨みつけた。
かなり年下の、家族だと思っていた子供に、突然いいようにされている悔しさやら恥ずかしさやら怒りやらが、与えられる快楽の波と混じって、ガイの中を渦巻いている。
さすがに怯んだようで、一瞬ビリーの動きが止まった。けれど次の瞬間には、更に大きな快楽の波がガイを襲う。
「あ、あ、あぁぁんっっ」
手よりも熱くぬめる感触に絡め取られ、殺しきれなかったガイの声が部屋に響いた。
何をされているのか確かめるのが怖くて、下肢を見る事が出来ない。それでも、感覚的に、何をされているのかはわかる。
「や、やめ、汚いっ」
「平気。それよりさ、口でされると、熱くてヌルヌルしてて、声我慢できないくらい、いいだろ?」
泣き声に近いガイの声に応えるビリーの声は、どこか満足げに響いた。
結局ビリーの口内へと吐き出してしまったガイは、どうにも遣る瀬無い気持ちで、ビリーがそれを飲み下す音を聞いた。
こんなことをした直後に、ビリーの顔をまともに見れるわけがない。ガイはビリーに背を向けるようにして、ベッド端に身体を丸めた。
「ガイ……?」
怒ったの?
そう恐々と尋ねてくる声にも、返事は返さなかった。
「ご、ごめんなさい。あの、そんなに嫌だった? でもちゃんと、気持ち良かったよな? ね、ガイ。お願い、返事してよ」
頼りなげに語りかけてくる声は随分と珍しいが、それでもやはり、なんと返せばいいか迷ってしまう。
迷って迷って、結局。
「二度と、」
「ガイに手を出さないとは誓えない。嫌だったって言うなら、嫌じゃないと思って貰えるように頑張るから」
躊躇いがちに口を開けば、すぐさまビリーの切羽詰った声が、向けた背中に飛んできた。
「いいから。人の話は最後までちゃんと聞けや」
「ごめんなさい……」
「二度と、町の裏なんか行って女買ったりせんて約束するなら、今日のは、許したってもええ」
「え? って、ええっ!?」
「行ってないとは言わさへんで」
あんなこと、そこ以外のどこで覚えてくるというのか。
「剣術習いたい言うから、バイト許可しとんのや。そういうとこ行かせるためとちゃう」
「だ、って、それは……ガイは俺をまだまだ子供だと思ってるみたいだけど、俺だってそういう欲求を持つくらいには大人になったし、」
「言い訳なんぞ聞きとうない!」
ビリーの言葉を、ガイは強い口調で遮った。しかし、ビリーはさらに食い下がる。
「言い訳くらいさせてよ。俺だって、好きで行ってるわけじゃないって!」
「行きたくないのに行くなんて、どう考えてもおかしいやろ?」
「いくら好きでもその相手に手を出せない以上、他で処理する以外、仕方ないだろ」
「好きな子、おったんか」
それは、ちっとも知らなかった。女を買ってるなんてことにも全然気付いて居なかったし、一緒に暮らして保護者面してるくせに、ビリーのことを何もわかってないという現実を突きつけられたようで、ガイはますます遣る瀬無い気持ちになる。
「言っとくけど、その相手って、ガイのことだからな」
グイと肩を掴まれて、むりやり仰向けに転がされたガイが見たのは、覗きこむように覆いかぶさるビリーの、真剣な表情だった。
彼は今、何と言った?
「俺が本当に抱きたいと思うのはガイだよ。でも、そんなの絶対許さないだろ?」
「だからって子供が女買うなんてのも、絶対許せへん」
混乱気味の思考で、それでも、ガイはなんとかそう反論して見せた。
「わかってるよ。わかってるから、気付かれないようにずっと気を付けて、痛っ!」
ピシャリと乾いた音を立てて、ビリーの頬が鳴った。引き取ってから随分経つが、ガイがビリーに手をあげたのはこれが初めてだった。
「気付かれなけりゃええってことにはならんやろ。何考えとんのか、ホンマ、呆れるわ」
「ガイのことだよ。俺が考えることなんて、ガイのことばっかりだ」
弱々しい声とともに落ちてきた身体が、重くガイに圧し掛かる。
「ちょ、く、苦し」
「好きだよ、ガイ。お願いだから、嫌いにならないで。俺を、あの家から追い出したり、しないで」
今まで見せた事のない、縋るように哀願するビリーの姿に、ガイは諦めの溜息を一つ吐き出した。それから、なんとか腕を持ち上げて、そっとビリーの背を抱く。
結局の所、あんなことをされても、告白を受けても。その気持ちを受け入れてやれるかはわからなくても、少なくとも手放せないと思ってしまうくらいには、ガイもビリーが好きなのだ。
「嫌いになったとか、出て行けとか、そんなん一言かて言うてないやろ」
むしろ、さっき自分は、許してやると言ったはずだ。
「女買ったりするんは止めて欲しいてだけや」
「でも……」
「即答できんほど、そないに魅力的なんか、ソコは」
「違うよ。ただ、いつかガイを襲いそうで、怖い」
「既に襲ったやんか、さっき」
「あんなんじゃ済まなくて、もっと、酷くするかもしれない」
「嫌じゃないと思って貰えるように頑張るとか言うてたあれは、嘘なんか?」
「えっ?」
「言うたよな、さっき。ワイが嫌がっても手を出すのは止められないけど、嫌じゃなくなるように頑張るって」
「言った。言ったけど」
「嫌がるんを無理させたりしなきゃ、そうそう酷いことにはならんやろ、多分」
「いい、の?」
「ダメや言うても止められへんなら、仕方ない。と思えるくらいには、ワイもビリーが好きってことや」
ギュッとしがみついてくるビリーに、ガイはやっぱり苦笑しながら、重くて苦しいと文句を言った。
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