プリンスメーカー7話 7年目 夏

<< 目次  <<1話戻る

 

 今日は市の立つ日だ。
 夏の朝は早い。いつもより更に2時間も早く起床したガイは、まだ日が昇る前の暗い畑へと出掛けて行く。
 少しでも新鮮なものを買って欲しい。その気持ちから、野菜類を前日から用意することはしない。売りに出す予定分をテキパキと収穫し、ガイはそれらを詰めた籠を、馬を繋いだ荷車へと積んでいく。
 ビリーが残して行った物で、唯一、ガイがありがたく利用しているのがこの馬だった。今までの養育費だと言ってむりやり受け取らされた、目も飛び出んばかりの金貨の山は、結局手をだせないままクローゼットの隅に置かれている。
 ガイにとって、今最も必要なのは金ではなかった。汗水流して働いて、倒れ込む様にベッドへ沈めば、ビリーが居なくなった寂しさなど感じる暇もない。
 それでも時折、ふとした瞬間にその不在に胸が痛んだが、それにも大分慣れてきた。ビリーが迎えと共に家へ戻った事を知って、前以上に結婚を勧められることが多くなったが、当分そんな気にはなれそうにない。
 一人でも、充分に生きて行ける。

 

 町への入り口を通り過ぎる際、一人の男と目が合った。ハッとして目を見張るガイに、男は親しげに片手を挙げて見せたが、ガイは馬を止めることなくそのまま町の中へと向かう。
 驚きすぎて、咄嗟に判断できなかったのだ。町の入り口に立っていたのは、間違いなくビリーだった。
 こんな場所にはもう用がないはずのビリーが、なぜ?
 混乱しながらも、ガイは積んできた荷物を馴染みの店へと次々運び込んでいく。何往復かの後、最後の一籠を取りに身体の向きを変えたガイの目の前に、今から取りに行くはずの籠が差し出された。
「よう、ビリー。どうした、家に帰ったんじゃなかったのかい?」
 驚きに言葉を失くすガイに変わって声を掛けたのは、店の親父だった。
「ちょっと、里帰りしてただけですよ」
「なんだよ。ガイの話じゃ、二度と戻ってこねえみたいなこと言ってやがったぞ」
「でも、戻って来たんです」
「いいのか? こんな所で働かなくても楽に暮らして行けるような、金持ちの坊々なんだろ?」
「どうにも俺には、ここでの暮らしが合ってるみたいなんで」
「何言うてんの。やるべきこと、やるために帰ったんやなかったんか、ビリー」
 ようやく、ガイは二人の会話に口を挟んだ。
「俺がやるべきことは、全部、済ませてきた。名前以外の全てを、捨ててきたんだ」
「なん、やって?」
「捨ててきた。俺が将来手にするはずだったものを、全て。ありがたいことに、なぜかそれを欲しがってる奴は大勢いてね。俺なんかいなくても、構わないんだよ。あいつらが本当に必要だったのは、俺が持ったままの権利だけだったのさ」
 その権利を返しに行っただけだと、ビリーは告げる。
「ワイかて、ビリーが居らんでも、なんとかやってきた。戻って来たかて、自分、居場所なんてあれへんよ」
「ガイにはそう言われるだろうって思ってた」
 覚悟はしてたと、ビリーは苦笑して見せたが、その顔は困っているわけではなさそうだった。
「だからさ、名前しか持たない俺を、もう一度、拾ってくれよ、ガイ」
「アホか!」
 ガイは思わずビリーを怒鳴りつけていた。
「ほらほら、喧嘩なら帰ってからにしてくれよ。そら、今日の売上げだ、ガイ」
 そう言ってガイの手に売り上げを握らせてから、店の親父は今度はビリーへと視線を向ける。
「俺はお前がまたガイの手伝いをするのには賛成だが、ガイはこう見えてかなり強情だぜ。頑張りな、ビリー」
 どうしてもガイが頷かない時はウチで雇ってやってもいいと笑う親父に、場合によってはお願いしますなんて答えているビリーを置いて、ガイはさっさとその場に背を向けた。
 冗談じゃない。何も知らなかった頃ならいざ知らず、国の王子たる人間と、今更どうやって一緒に暮らせというのか。
「待ってよ、ガイ」
 追いかけて来る声を無視して、ガイは必要な買い物を済ませた後、馬を停めた場所へと戻る。そんなガイの後をずっとついて歩くビリーには当然気付いていたが、振り返るわけにはいかない。
 耐え切れなくて振り向いてしまったのは、ビリーのお腹がグゥと大きな音を立てた時だった。
「先に言わせて貰うと、飯を食う金は持ってない」
 一瞬言葉を探してしまったガイに、ビリーが先に言葉を発した。
「子供やあるまいし、持ってないわけないやろ」
「ギリギリの旅費しか持たずに出てきたんだ。それすら足りなくて、港町から夜通し歩いて来たんだぜ?」
「夜通し!? 危ないやろ!」
「腕には多少の自信がある。でも、心配してくれるくらいには、まだガイに想われてるってのは嬉しいな」
「国の王子様やからな」
「全部捨ててきたって言ったろ。王位継承権は俺にはもうないよ。あるのは本当に、ビリーという名前だけだ。あ、記憶は失くしてないから、一から教わらなくても野菜はそこそこ育てられるけど」
 お買い得だよ。なんて笑って見せるビリーに、どんな顔を見せていいのかわからない。
「ホンマ、アホや」
「目の前に手に入れるべき物があるのに、何もせず放っておくほうが、俺はバカだと思うね」
「王子としての生活より、ホンマに、こんな所で野菜作るほうがええって言うん?」
「何度聞かれても、答えは一緒だ。12の子供だった時から、俺はこの道しか見えてないし、ガイの隣に居続ける生活しか、魅力的だとは思えないんだ」
「強情なんは、ワイよりビリーの方や」
 一度として、ビリーがそうしたいと言った言葉を、最後まで拒否しきれたことなどない。
 ガイは小さな溜息を吐き出すと、荷車を繋いだだけの簡素な馬車に腰を下ろして手綱を取った。
「腹減っとるなら早よ乗り。家に着いたら、飯作ったる」
 ぶっきらぼうに吐き出すガイの声に、けれどビリーはたまらなく嬉しそうに笑った。

>> 次へ

 
萌えたらポチッと応援よろしくお願いします。

1話完結作品/コネタ・短編 続き物/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP