「俺よりお前を優先しろって言ってるのに、なんでお前が怒ってんだよ」
「なんででもっ」
だって俺じゃこの人の本命になれないんだもんという泣き言を、どうにか口に出さずに飲み込んだけれど、その分が涙となってこみ上げてくるみたいだった。
「うわ、ちょっ、泣くほどのことか?」
焦った兄が腰を浮かせて、テーブル越しに手を伸ばしてくるけれど、それより先に隣の彼に抱き込まれてしまう。少し体を捻った彼の胸に、顔を押し付ける形で閉じ込められた。
「俺さ、お前が好きだったんだよ、ずっと」
聞こえてきた言葉に、彼の腕の中で身を固くする。彼の想いは、生涯兄に伝える気がないものだと思っていたのに。
「は?」
「俺が自分がバイだって気づいたの、お前を好きだと思ったせいだから」
「え、なに、突然」
「こいつが泣くから、お前に告白してる」
「いや、意味分かんないんだけど」
「俺はお前と親友で居られれば満足だったから、お前に恋愛感情で好きだとか言う気は一切なかったんだけど、それに気づいたこいつが、俺誘ったのが最初なんだわ。だからこいつは、俺の叶える気もない片思いのせいで、辛くなって泣いてんの」
「は? え? てかそれ、今現在の話? お前、俺に片思い中なの?」
「どう思う?」
「全く信じられないけど、取り敢えずお前をぶん殴りたい」
「いいけど、さすがに店の中ではまずいから後でな」
二人の会話を聞きながら、ちょっと何言ってんのと言ってやりたいのに、けっこうギュウギュウに抱きしめられていて抜け出せない。彼の腕の中でバタバタともがいているのが見えているはずなのに、兄の助けも一切なかった。
「で? 俺はお前を振ればいいわけ?」
「あーまぁ、そうだな。振ってくれ」
「えー、じゃあ、お前と恋愛とか無理だし、恋人より俺優先する理由が俺を好きだからとかさすがにキモいから、今後そういうのなしな」
「わかった。ありがとな」
「んじゃここ、お前の奢りで」
「おう」
「それと、あとでマジに殴らせろ」
「わかった」
「わかった、じゃないよ!」
ようやく緩んだ腕の中から抜け出して叫べば、二人から同時に声がデカイだとか静かにだとか窘められたけれど、それどころじゃない。
「ねぇ、何、今の」
「何って、お前のための茶番?」
対面では兄も、酷い茶番に付き合わされたとぼやいているが、やっぱりわけがわからなかった。二人だけで通じ合ってる世界を見せつけられて胸が苦しい。
「いみ、わかんない」
また泣いてしまいそうだと俯けば、後頭部にぽんと彼の手が乗って、わしゃわしゃっと少し乱雑に髪をかき乱される。
「なぁ、本当にわかんねぇの?」
甘やかしてくれる時の優しい声音に、既に緩んでいた涙腺から結局また涙が、と思ったところで兄の待ったが飛んできた。
「あ、ちょっと待った。無理」
「ちょ、お前、なんだよ無理って。邪魔すんなよ」
「いやいやいや。お前が甘ったるい声出して甘やかそうとしてるのが実弟とか、そろそろ許容範囲超える。お前らがいちゃつくとこ見せられんの、さすがにまだ無理だって」
俺だってまだ色々消化できてないんだからなと言って、兄が立ち上がる気配がする。慌てて顔を上げれば、少し困ったような顔をしながらも手を伸ばしてきた兄に、さっきの彼同様、わしゃわしゃっと頭を撫でられた。
「それなりに複雑ではあるけど、お前がこいつを凄く好きなのはわかったから、別れちまえは撤回な。ちゃんと大事にして貰えよ」
泣かされたらチクりに来ていいぞと笑ったあと、あんま泣かすなよと隣の彼に釘を差して、兄はじゃあなとあっさり部屋を出て知ってしまった。というか帰った。
「ねぇ、兄さん本当に帰っちゃうよ」
オロオロと気持ちだけが落ち着かなくて、けれど奥の席に押し込められているから、隣の彼がどいてくれないと兄を追いかけることも出来ない。そして、そうだなと相槌を打つ彼は至って冷静だった。
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