兄の親友で親友の兄9

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 呆気に取られているうちに、近づいてきた相手に腕を取られたかと思うと、今度は相手側の席に押し込められる。帰りたいと抵抗はしたのだが、頼むからもう少しだけこれにつきあってくれと頼み込まれて、仕方なく従ったに過ぎない。彼の必死な顔が、とても珍しかったというのもある。
 場所が変わって目の前に座る事となった兄の顔が見れずに俯いていれば、隣から腕が伸びてきて肩を抱く。引き寄せる力のまま相手に身を寄せてしまったものの、緊張で体はガチガチだった。宥めるように、肩を抱く手が優しく何度も肩を撫でさすってくれる。
 目の前でそれを見ているはずの兄は、何も言わない。それがなんだか怖くて、彼に肩を抱かれ気遣われてさえ、安堵出来はしなかった。
 ちっとも体の強張りを解かない自分に、相手も諦めたのか、小さな吐息が一つ。そんな些細なことにもビクリと反応してしまえば、肩を抱く手に力がこもった。
「お前が何を言おうと、こいつが俺を嫌いになるか、俺より好きな相手が出来るかするまでは別れないって約束してる」
 まるで大丈夫だからと言われているような気がする、とは思ったが、まさか兄に向かってそんなことを言うなんて思っていなかった。
「ダメだよっ」
 慌てて顔を上げて彼を止める。そんな約束、こんな時まで守ってくれなくていい。どうしても目の端で捉えてしまう兄は、やっぱり不機嫌そうな顔をしていた。
「別れるって言い切ってる恋人そこまで引き止めるとか、お前らしくないな。そいつ、まだ別れる気まんまんだろ、それ」
 刺々しい兄の声に体が竦むが、その通りだとも思う。なんでこんなにも引き止められているのかわからない。
「なんでこんなあっさり別れるって言うのか、知ってるからな。お前が思うよりずっと、俺はこいつに愛されてんだ。お前にその程度、なんて言われるほど、ちっぽけな想いじゃない」
「ちょ、っと!?」
 何を言い出しているんだと止めようとしたのに、彼の言葉は止まらなかった。
「こいつが身を引こうとしてるの、俺のためだから。俺が親友のお前をどれだけ大事にしてるか知ってんだよ。だから俺がお前と喧嘩別れしなくて済むように、俺とお前の関係が変わってしまわないように、とか思って自分から別れるって言ってんだろ。さすがにそんな理由で別れてやる気にはなれないな」
「それは、さっきの聞けば、だいたいわかったけど。でもそれなら尚更、別れるって自分から言えるうちにお前と別れて、お前以外の誰かと付き合って欲しいと思うよ。兄としては」
 当然だ。親友と弟とが恋人だなんて、許せるものじゃないだろう。頭ではわかっているのに、兄の言葉が胸に刺さって、ジクジクと痛い。
「バカかっ」
 辛くて俯いてしまえば、隣で彼がそう吐き捨てる声が聞こえる。
「バカってなんだ!」
「こいつが俺と別れたとして、他の誰かなんて探すわけ無いだろ。別れたってそのまま一人で、一途に俺を想い続けるタイプだぞ」
「そうなのか?」
 それは自分への問いかけだとわかってはいるものの、何も返せはしなかった。代わりに、彼が勝手に肯定を返している。
「そうだよ」
「お前に聞いてない」
「沈黙は肯定だ。つうか、お前こいつ追い詰め過ぎだって」
「別に、そういうつもりは、ない、けど……」
「お前にそのつもりはなくても、実際そうなってるのはこれ見りゃわかんだろ」
「それは、俺が悪かったよ。けど、俺だって、弟がお前なんかと付き合ってるって聞いて、しかもそれが冗談でも何でもないってわかったら、心配しないわけに行かないだろ」
「ひでぇな。親友捕まえて、お前なんか、かよ」
「友人として最高でも、恋人としてはイマイチどころか割と最低なの、知ってるからな」
 呆れた様子の兄の声に、あれ? と思う。本命が兄だってこと以外は、かなり理想的な恋人だと思っているし、本命が別にいるからこそこんなにも気遣って貰えるのだとしたら、それすら全部含めて、彼と恋人になれて良かったと思っているのに。兄の中で、イマイチどころか最低という評価なのが不思議だった。

続きました→

 
 
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