リビングらしき場所のソファに降ろされたあと、男は脱がせた靴を持って何処かへ消えた。
部屋の電気は点けられておらず、天気の悪さから部屋の中は随分と薄暗い。カーテンの開いた窓越しに見えてしまう雷光と、幾分マシになったものの耳を塞いでも感じてしまうゴロゴロピシャンと鳴り響く音に、身は竦みっぱなしだった。
さすがにここで目を閉じてしまうのも別の意味で怖い気がする。だって全く見知らぬ人の家の中で、家主と思われる男は消えたままだ。というか、いったいどこへ消えたのだろう。何をしているのだろう。
色々と不安ではあるが、でも急いで逃げ出さなければという焦燥感はない。それは多分、最後に聞いた声が随分と優しかったからなのだが、危機感が薄いと言われればその通りという気もする。
いやだって、雷の鳴り響く空の下へ放り出されてもおかしくなかった状況を思えば、見ず知らずの不審者を家に入れてくれてどうもありがとうございますって、頭を下げて感謝する場面じゃなかろうか?
それに危機感というのなら、見ず知らずを家に引き込んで、更にその人物をリビングに放置というあたり、むしろ相手の方が危機管理どうなってるんだと聞きたいくらいだった。
やがて男が消えていったドアが開く。じっと見つめてしまう先、戻ってきた男が小さく笑ったようだった。
僅かに口が動いたが、もちろんその声は届かない。
「え、何?」
耳をふさいでいたって完全に音が遮断できるわけではないのだから、元々聞かせる気のない言葉だったのだろうことはわかってもつい聞き返す。気になって耳をふさぐ手もちゃんと離した。
「手を離して大丈夫なのか?」
「でも話、できないし」
「そうだな。というわけで、移動しないか?」
「移動?」
「防音室がある。扉閉めたら雷の音は完全に聞こえない」
「え、マジで?」
言うと同時にまた大きめの雷がピカッと光り、すぐに大きな音が響き渡る。
「ぴゃっ!」
咄嗟に耳をふさいで身を丸めてしまえば、男の近づく気配と浮遊感。ああ、また抱き上げられている。
そうして運ばれた先が、どうやら防音室らしい。今度は椅子の上ではなく、その場に立たせるように降ろされた。
ざっと見渡した部屋の中はそこそこの広さがありそうだが、部屋の奥の様子はわからない。なぜなら、パーテーションで区切られて見えないようにされている。
目に入るのは、入り口付近に置かれたテーブルセットと、そのテーブルセットに向けられて設置されているらしき、三脚とその上のビデオカメラ。
防音室と聞いていたので耳から手をどければ、室内は静かなクラシックが流れていた。
なんだここ。もしかして音楽室的なものなのか。パーテーションの向こうには高価な楽器でも置かれているのかも知れないと思った。
「座ったら?」
「あ、はい」
促されて目の前の椅子を引いて腰掛ける。
「これでまともに話ができそうだな。じゃ、とりあえず家の電話番号教えて?」
「は?」
「さすがに勝手に家に連れ込んでるのまずいし、親に連絡くらい入れないと」
「いやでも、俺、一人暮らしで……」
「えっ?」
「実家、かなり遠いですし、親だってそんな電話貰っても困るんじゃないかと」
「いやちょっと待て。お前、歳は?」
「あー……19です。大学生です」
童顔なのは自覚してる。でもどうやらこの様子だと、高校生どころか中学生くらいに思われていたようだった。
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