連れて行かれたのは防音室ではなく浴室だった。防音室の奥には簡易なシャワーブースが設置されていて、普段はそちらしか使わないので、もちろん寝室同様この場所も初めて入る。
なぜ、と思ったら、浴槽に湯が張られていた。抱かれ終わった後、ゆっくり湯に浸かれるようにと始めから準備してあったらしい。
使うかどうかはともかく用意しておいて良かったと言われながら、濡れきった服をあっさり剥かれて、ちゃんと温まって来いの言葉と共に浴室に押し込まれそうになって、慌てて相手の服を握った。
「一緒に、入らないの?」
だって同じだけ相手もずぶ濡れだ。
「俺はいい。ここまで運ぶのに濡らした廊下も拭かないとならないし」
「そんなの、後まわしでもいいでしょ。俺も手伝いますし。そのままじゃあなたが風邪ひきますよ」
「大丈夫だ」
棚に積まれたバスタオルを一枚取って濡れた体を拭き始めるが、まずはその濡れた服を脱ぐべきだと思うし、何とも言えない違和感に目が離せない。
「いいからお前は早く風呂に入れ」
さっさと行けと言いたげに手で払う仕草をされたが、おとなしく従う気にはなれなかった。
「そんなに、俺に肌を見られるの、嫌、ですか? 肌に触られるのが嫌なんじゃなくて、見られるのが、ダメ?」
「お前と違って、綺麗な体じゃないからな」
ああ、当たりだ、と思う。頑なに服を脱がないのは、その服の下に、見られたくない何かがあるのだ。
「何か、傷跡でも……?」
「まぁ、そんなところだ」
「気にしません、と言っても?」
自嘲気味な笑みとともに、無理だよと一蹴された。
胸の奥がざわついて仕方がない。その傷跡を見たいという衝動。だって彼が彼自身についてを語ることは殆どなかったから、この機会を逃したくなかった。少しでももっと何かを聞き出せないか、引き出せないか、食らいついてしまう。
握っていた服の裾を、さらにきつく握りしめた。
「脱いで、ください。そして一緒に、風呂に入って」
「だから、」
「お願い、します。何をしたら、脱いで、くれますか?」
なんでもすると言ったら少し眉を寄せて、そういう発言は自分の首を絞めるぞと注意されたが、だって彼を動かすために差し出せるものは、相変わらずこの身一つしか無いのだから仕方がない。そう言ったら、なんでそこまでと呟くように返された。そんなの、決まってる。
「好きになったって、言ったじゃないですか。俺を逃してくれないなら、せめて、あなたのことをもっと、教えて下さい」
本気が伝わるように、まっすぐに相手の目を見つめて言い切れば、諦めに似たため息が落ちた。
「わかったからその手を離せ」
言われて手に込めていた力を抜けば、相手は濡れきった服を次々と脱いでいく。露わになっていく肌の痛々しさに息を呑んだ。
こちらの反応に、相手はわかっていたと言いたげで、やはり自嘲気味な笑みを口元に浮かべている。
「あちこち汚くて引いただろう?」
「そんな、こと……」
「これらが何の傷かわかるか?」
「SMの、プレイ……?」
「そうだ。といっても、火傷の痕みたいになってるのは、刻まれたイレズミを消した分も混ざってるがな」
「イレズミ……」
「消えない所有印だよ。むりやり消しても、こうして痕が残る。まぁ、金積めばあれこれもうちょい綺麗にもなるんだろうけど、こんな事になるならやっておけば良かった」
怖いかと聞かれたので、慌てて首を振って否定した。何に対する怖いなのかもわからないし、この体を見せられて感じたのは驚きと、後はどちらかと言えば憐憫だ。だって絶対に、彼がそうされたくて出来た傷じゃない。
「しかしこれを見たら、もう、一緒に風呂に入ろうなんて言う気にはならないだろ?」
なんでそんな目にと聞いていいかをさすがに躊躇っていたら、そんな言葉と共にバスタオルで体を拭き始めるから、やっぱり慌ててそのバスタオルへ手を伸ばした。
「一緒に、風呂に入って」
バスタオルの端をギュッと握って、譲らない気持ちで告げれば、小さなため息の後でわかったと返される。しかしホッと安堵の息を吐いたのもつかの間、パチンと小さな音が何度か響いて、浴室も今いる脱衣所もほとんどの明かりが落とさた。
真っ暗にならなかったのは、幾つかの間接照明が残されたままだからだ。さすが金持ちのバスルームはお洒落だ。などと呑気に感心している場合じゃない。
電気を消された理由はわかっていたから、目の前の体そのものへ手を伸ばし、抱きついてやった。真っ暗ではないから、優しい灯りの中に浮かび上がる傷をそっと撫でて、更には唇を寄せてキスをする。
「なにをしてる」
「怖くもないし、汚くもない。でも、言っても信じてくれそうにないから」
戸惑いの強く滲む声に、俺を信じられたら電気つけてと言い捨ててキスを繰り返せば、暫くしてまたパチンという音が幾つか響いて明るくなる。顔を上げての言葉に従えば、噛み付くようなキスが降ってきた。
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