久々の勝利に機嫌よく繰り出した夜の街には、昼間の試合時よりも少し激しく雨がうちつけていたけれど、そんなものは店に入ってしまえば関係ない。勝ち試合の後に飲む酒は格別で、だから今夜は皆、ずいぶんと楽しげだった。
「ハルカっ」
座敷の奥から名前を呼ばれ、遠井遙は顔をそちらへと向けた。苦笑顔の豊島裕輔が、こちらへ来いとばかりに手招いている。手にしていたグラスを置いて立ち上がれば程よく酔いがまわっていて、フワフワとした気持ちに思わず笑いがこぼれ出た。連動して頭も揺れていたようで、最近少々伸び気味の、茶色い頭髪が視界を邪魔した。
「でかい図体して転ぶなよ」
下方から掛かる声は名前を呼ばれるまで話していた相手からのもので、少しばかり身体をふらつかせた遠井を、心配よりもむしろ楽しげな顔で見ている。
「あー、平気、平気。これくらいまだまだ」
答えて邪魔な髪を掻き揚げ、遠井は呼ばれた先へとのんびり近づいた。
「どうした裕輔」
「神崎が潰れた」
視界に入る光景にだいたいのことは察しながらもそう声を掛ければ、やはり予想通りの言葉が返される。
「まったく。断れないのをいいことに飲ませすぎなんだよ」
「言いだしっぺが良く言う」
成人してから初めての勝ち星だろうと言って、最初に神崎太一のグラスへビールを注いだのは遠井だ。先輩に注がれたビールはその場で飲み干すのが習いで、彼はまだ、それがほんの始まりに過ぎないという事に気付いてはいなかった。注がれたそれを少し嬉しげに飲み干して見せた神崎には、その後当然のように次々と、他のメンバーからのお呼びが掛かっていた。
こうして潰れていると言うことは、あちらこちらで注がれた酒を、全て律儀に飲み干したということなんだろう。既に一年半以上このチームに在籍している以上、適当に躱して逃げたって、それを咎める者なんていないことは神崎だってわかっているはずだ。相変わらず真面目な男だと思って、遠井は小さな笑いをこぼしながら肩を揺らす。
「で、その言いだしっぺに、これを押し付けようって魂胆か?」
「あたりっ!」
豊島は楽しげな声をあげると、正解を称えるように激しく手を叩いて見せた。どうやら随分と酔っているらしい。
「酔ってんなぁ」
「そう。でも俺はまだまだ酒が飲みたいっ! 潰れた男の介抱なんてしてたくないのよ。てわけで、保護者の遙さん、出番ですよ~」
「こんなでかい息子を持った覚えはないんだけどなぁ」
そう言いつつも、そう言われる原因を作った自覚は遠井にもある。
妹と同じ学年、というだけならまだしも、妹を通して遠井自身が知り合った何人かと面識があり、更に、妹自身とも何度か会話を交わした事があるというのだ。たまたま彼と妹の通う中学が隣の学区だったうえに、妹も兄の影響を多大に受けて熱心にサッカー部のマネージャーを勤めていたようだから、顔見知りだとしてもなんら不思議はないのだけれど、それを知ってからはつい、弟を可愛がるような感覚で接してしまった。
性別も性格も違うというのに、年が若干離れているせいもあってか可愛くて仕方がない妹と、神崎に対して感じる感情はどこか近いものがある。
「またまた~、今更だろ、い・ま・さ・ら」
酔って加減が利かないのか、バチンと遠井の脛を叩く手には容赦がない。
ニコリと笑って宜しくと告げる豊島に、遠井は溜息を一つこぼした後で、腕時計に目を落とした。店に入った時間を思い出しながら、どれくらいの時間が経過したかを考える。まだ暫くは騒ぐ気でいるらしいメンバーたちを置いて帰ってしまうのは惜しい気もしたが、神崎の顔色の悪さが多少気になるのも確かだった。
「じゃあ、ちょっとタクシー頼んでくるわ」
「って帰んの? つかどこに?」
「どこに、って自宅だよ。決まってんだろ」
「神崎ごと? え、嘘、お持ち帰りっ!?」
キャー いやらしいっ。
なんて、一オクターブ高い声をあげる豊島の膝を、遠井は呆れ顔を見せながら足先で蹴りつける。そんなに力は込めなかったので、相手は痛いと言いながらも笑って膝をさすった。
「バカっ。ちょっと酔ってるくらいならこいつの部屋連れてって放置でいいけどな、さすがにこれは不安だろ。吐くくらいで済みゃいいけど、医者の手が必要になるかもしれないし」
「んー、確かにちょっとヤバそうな気配はあるな。取り合えず吐かす?」
「店の迷惑になるから、持つなら家まで持たせたい、かな。顔知られてるし、あんまチームの恥、晒したくないってのもあるけど」
話しながら、帰宅してからのあれこれが頭を巡り、酔いに浮ついていた気持ちが醒めていく。そりゃ言えてると同意する豊島にもう暫く神崎の相手を頼み、遠井はタクシーを頼むために座敷を出て行った。
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