トキメキ2話 連れ帰り

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 神埼を抱えるようにして部屋へ辿りついた遠井は、まず神崎をリビングのソファに座らせた。その顔は先ほどと変わらず色をなくしていたが、取り敢えず意識は保たれている。
「大丈夫か? 辛いなら、横になっても構わないぞ」
 このまま寝られるようなら、寝かせてしまおうと思った。けれど神崎はゆるく首を振り、大きく息を吐き出しながら、酷く疲れた様子で俯いてしまう。
「気持ち悪いのか? 吐きそうか? 吐くならトイレまで連れてってやるから、もう少し我慢できるか?」
 やはりゆるく首を振る。けれどどちらの言葉に対する返答なのかがわからない。質問の仕方を間違えた。
 苦笑しつつ、遠井は神崎の様子を窺う。仮に吐き気はないのだとしても、やはりこのままでは少し不安な気がした。 
 寝ながら吐かれでもしたら、後始末も余計な手が掛かる。無理矢理にでも吐かせてしまったほうが良いかも知れない。
「連れてってやるから、トイレに行こう」
 肩を叩き、しゃがみこんでその顔を下から覗き込んだ。
「取り敢えず、吐けるなら吐いた方がいい。な?」
 神埼が頷くのを待って、その手を取り立ち上がらせる。けれど数歩も歩かぬうちに、神崎はその場に座り込んでしまった。口元を両手で覆うと、次には背を丸めてえずき始めてしまう。
 失敗した。こんなことなら、先にリビングではなくトイレに連れて行くべきだった。
 タクシーの中で吐かなかっただけマシだと自分を慰めながら、苦笑を飲み込み、仕方なくその背をさすってやる。
 落ち着くのを待ってから、再度神崎を立たせ、遠井はキッチンへと向かった。洗面所よりもそちらのが近かったからだ。汚れる範囲は狭いほうが、後片付けも楽でいい。
 背後から抱えるように支え、神崎の手を取った遠井は、自らの手と共に一緒くたに洗い、神崎の手に付着した汚れを落としてやる。
「まだ吐きそうか?」
「いえ」
 呟くような声ではあったが、どうにか遠井の耳にもそれは届いた。
「なら口すすいで。持てるか?」
 グラスに水を注いで口元まで運んでやれば、遠井のその手を追いかけるように、神崎の腕が持ち上がる。どうやらグラスを受け取る意思はあるらしい。
 しっかりとグラスを握ったのを確かめてから、そっと手を外した。今にも落としやしないかと、内心ハラハラしながら遠井が見守る中、神崎はゆっくりとした動作でグラスを傾けて行く。口をすすぐのを待ちながら、まるで小さな子供の世話をする親のようだと思った。これでは保護者と言われるのも当然だ。
 吐いて少しは楽になったのだろう。リビングに戻り再度ソファに座らせる頃には、神崎の顔には多少の赤みが戻っていた。
 ホッとしつつ、服の汚れを確かめるように目を走らせる。どうやらジーンズは無事のようだったが、上着の袖と、開かれた上着の間、シャツの胸元に汚れが付着していた。
「洗ってやるから、それ、脱げるか?」
 頷き服に手をかける神崎を手伝い、脱がせた服を手に取り立ち上がる。
「すぐ戻るから、もうちょっとだけ起きててくれよ」
 このまま神崎をリビングに寝かせるわけにはいかない。掃除をするのに邪魔になってしまうから、この際、寝室に運んでしまおうと思った。さすがにもう吐きそうな気配はないから、きっと大丈夫だろう。
 けれど、洗濯機を回してからリビングに戻った遠井は、ソファで眠る神埼に溜息を吐き出すことになった。ご丁寧にも自らジーンズを脱ぎ捨て、下着一枚で横になっている。
「あーあー、もう、しょうがないなぁ」
 脱ぎ捨てられたジーンズは、置かれた場所が悪かった。結局汚れてしまったそれを、一瞬の躊躇いの後、洗面所へ運んで洗濯機の中に突っ込んだ。さすがに、分けて洗ってやれるほどの気力はなかった。この後も、やることは色々と残っている。
 再度リビングへと戻り、眠る神崎の様子を窺う。吐いてスッキリしたためだろう。とても気持ちの良さそうな寝顔だった。
 ゴールを見据えるするどい眼光は、チームメイトとしては頼もしく感じるものだけれど、時に、視線が怖いと言われることがあるらしい。今ではすっかり慣れてしまって、ジッと見つめられたところで、怖いなんて感情は露ほども湧かない遠井も、神埼が入団したばかりの頃は、随分と柄が悪そうな新人が入ったものだと思っていた。
 こうして目を閉じていると、瞳のきつさが和らいで、随分と優しい顔になる。それを可愛いと感じこそすれ、吐いた上にさっさと一人で気持ちよく寝入っているというのに、怒りの感情はまったくと言っていいほど湧いていない。
 そんな自分にいっそ呆れてしまう。自嘲の笑みをこぼしながら、遠井は眠る神埼の身体を抱き上げた。さすがに深い眠りには入ってなかったようで、神崎の意識が浮上する。
「ハル、さん……?」
 どこか甘えを含んだ声に呼ばれて、まったく敵わないなと思う。自然とこぼれる笑みは、柔らかなものだった。
「寝てていいよ」
 随分と優しい声が、酷く甘ったるく響いてしまい、さすがに遠井も眉を寄せる。相手は弟みたいに可愛い後輩だけれど、ちゃんと成人した男で、間違っても恋愛対象になんかならない。なのに今のは、まるで恋人に囁く口調だった。自嘲ですむレベルじゃない。
 けれどそんな遠井には気付かなかったようで、神崎はふわりと笑った後、僅かに頷きあっさり目を閉じる。そしてすぐにまた、穏やかな寝息をこぼし始める。
 神崎をベッドへ運んだ遠井は、その寝顔を満足気に眺め見た。出来ればこのまま、その隣に横になってしまいたい。そんな気持ちをこらえ、覚悟を決めて寝室を後にした。汚れたリビングの後始末という、大仕事が待っている。

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