トキメキ7話 触れる

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 相手が男で、という部分にはなんとか目を瞑れそうだった。今、目の前にいる神崎を抱きしめキスしたとしても、そこに嫌悪の感情など湧きそうにない。むしろ、胸の内を満たすのは愛しさかも知れない。ただ、チームの後輩で、という立場にいる相手に、そんなことを許容していいのかわからない。
「いいよ」
 わからないのに、口からはそうこぼれ落ちた。神崎はその言葉の意味をはかりかねて、戸惑いの表情を浮かべている。
「勘違い、したままでも、いい」
 更に言葉を重ねれば、まさかこんな言葉を聞くとは思っていなかったのだろう。神崎は驚きに目を見張った後、遠井の言葉を否定するように首を横に振った。
「良く、ないです。今のままじゃ、俺、ハルさんと一緒にサッカーなんて出来っこない。リーグ終了まで後一ヶ月半、残り試合も少ないのに。俺だって、やっぱり試合、出たいんです」
「勘違いだったで気持ちを振り切れないなら、どっちみち今の状態は変わらないんだろ? だったら……」
 一度立ち上がり、遠井は神崎の隣へと腰を下ろす。さすがに逃げ腰になる神崎の腕を捕らえ、そっと引き寄せ抱きしめた。
 ああ、もう、戻れない所へ踏み込んでしまった。
 腕の中、ビクリと跳ねて一層の強張りを示す身体は、やはり愛しいものに思えてならない。
「いっそ、うんと近づいて、気にならなくなるくらい、慣れてしまえばいい」
「そんな、無理、です……」
「ダメダと思うから、それに捕らわれ続けるのかもしれない。とは思わないか?」
「でも、」
「少し黙って。暫くこうしてよう。大丈夫だから」
 何が大丈夫なのか、言っている本人さえ良くはわからなかったけれど、それでも神崎は諦めたように口を閉ざした。
 静まり返った室内では、空気清浄機の稼動するわずかな音さえ聞き取れる。神経を集中すれば、触れ合う肌から、神崎の中を流れる脈動すら感じ取れる気がした。
 確かに、幾分早いかも知れない。顔は背けているからその表情はわからないけれど、首筋は赤く色づいたままで、当然、腕の中の身体は未だ気を張って遠井の事を警戒している。
「神崎」
 名前を呼び掛けても、返事を返すことも、振り向くこともない。ただ、その肌だけは正直に、ピクリとわなないて見せる。
「体の力を抜いて、俺に、寄りかかって。太一」
 最後にもう一度、今度は名を呼び促した。それでもフルフルと頭を振って否定を示す神崎の肩を、宥めるように数度撫でる。
「タイチ」
 耳元へ唇を寄せ、再度、甘くその名を囁き誘った。目の前の耳朶を口に食み、ねぶってやったらどんなだろう? などという不埒な想像が脳裏を過ぎる。
「も、……やめて、下さいっ!」
 一層強く頭を振ると、神崎はキツイ口調でそう吐き出した。そして俯き、今度は気弱な声で続ける。
「ダメ、です。慣れるなんて、無理、です。できませんっ」
「だってまだ、こんなの全然近くない。それに、」
 不埒な誘惑に乗って、とうとう遠井は神崎の耳朶に舌を伸ばした。フワリと香るどこか甘い香りは、使っているシャンプーのものだろうか。
「もっとドキドキしてしまえばいい、って思ってるからな」
「やっ」
 咄嗟に逃げようとする身体を、腕に力を込めることで封じ込めてしまう。嫌がり首を振ろうとするのも、顎を捉えて固定した。柔らかな耳朶を唇で挟み、軽く歯を当て、舌先で絡め取り吸い上げる。
「あっ、……くっ、ん……」
 こぼれ出た嬌声に驚いたのか、一度大きく身体を跳ねた後、神崎の固く閉ざした口からは、くぐもった音だけが漏れた。
 柔らかな耳朶を充分堪能した後は、耳の形を辿るように舌先で耳殻をなぞり、最後には外耳道へと続く穴へ舌先を差し込んでやる。
 神崎の耳には濡れた音が届いているだろう。そして遠井の耳には神崎が堪え切れずに漏らす声が届く。その声は快楽に喘ぐと言うよりも、苦痛に呻いているようだった。
 拘束していた腕の力を緩めてその身体を開放してやれば、神崎は大きく息を吐き、前のめりに俯いて両手で顔を覆ってしまう。衝動に任せて可哀想な事をした、と思った。その反面、気持ちは嫌になるほど昂っていて、もっと神崎に触れてみたいとも思う。 
 神崎に意識されなければ、きっと遠井自身、気付かずにいただろう気持ちだった。神崎がギリギリの所で耐えて踏み込まずにいたと言うのに、そんな彼の態度に却って煽られてしまったようだ。しかも、とどまろうと必死な彼へとその手を伸ばし、引きずり込もうとしている。彼より八つも年上の自分こそが、耐えて踏みとどまるべきなのに。
「もっと、感じあえる事を確かめたい。……って言ったら、お前、どうする?」
 たとえ嫌だと言われても、逃がしてやれる気がしない。それでも、遠井は確認を取るように神崎に問い掛けた。
「なんで……」
 未だ顔を覆ったままの神崎から、そんな呟きが漏れた。手を伸ばして髪を梳いても、嫌がる素振りを見せないのは、そんな気力すら既にないのかもしれない。
「それは、神崎に意識されて、俺も、神崎を意識するようになってた、ってことかな」
「そんなの、ダメ、です」
「ダメだってわかってても、どうしようもないことだってあるだろ? お前だって、出来なかったように。俺だって、そう簡単に、一度気付いた気持ちをなかったことになんて出来ないよ」
 髪を撫で続けながら、極力優しく響くように、遠井は神崎に語り掛ける。
「俺も、ドキドキしてる。お前と違って、どうしていいかわからなくなって、逃げ出したいとは思わないけど。代わりに、もっと触れて、ドキドキさせて、そんな神崎を見たいと思うよ」
「本気で、言ってるんですか?」
「本気で言ってるし、本気で、誘ってるよ。神崎が顔をあげたら、まずはキスしたいとも思ってる」
 一房摘まんだ短い黒髪に、遠井はそっと唇を寄せた。近づく気配に気づいて、やはり少し神崎の身体が強張ったけれど、それ以上の抵抗はない。
「俺は、こんなのを望んだわけじゃ……」
「それは知ってる。ゴメンな」
 でももう逃がしてやれないよ、とはさすがに言わなかった。どうしても嫌だと言われたら、きっとこの手を放すだろう、とも思う。
「気持ちに巻き戻しが利かないなら、そのまま先へ進んでみよう、なんてのは、どうしても許せないか? 俺に触れられるのは苦痛でしかないか? 嫌で嫌でたまらないなら、そう、言って欲しい」
 目の前で打ちひしがれる神崎を見ているうちに、昂っていた気持ちも随分と落ち着いていた。おかげで、肯定されたら諦めようかという気も、多少頭をもたげてきていた。

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