トキメキ9話 寝室へ

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 暫く待たされた後、ようやく神崎の手が伸ばされる。緊張からか、随分と指先が冷えていた。熱を分け与えるようにキュッと握り締めれば、それを誘いと取ったのか、ゆっくりとソファから立ち上がる。
「もう、待ったは聞かないからな?」
 まっすぐに見上げてくる黒い瞳を見つめ返し、覚悟の程を確かめるようにそう告げても、瞳は逸らされなかった。
「わかって、ます」
 幾分掠れた声で吐き出されたセリフに、遠井はどこかホッとしつつ柔らかな笑みをこぼす。逃がしてやる気はなくても、傷つけたいわけじゃない。神崎の気持ちを無視して、強引にことを運びたくはなかった。
 握った手を放さぬまま、寝室までの短い距離を移動する。換気のために少しばかり窓を開いていたので、部屋の中は若干冷えていた。
 さすがに窓は閉じて事に及びたい。神崎をベッド脇へ置き、窓とカーテンとを閉めた遠井は、振り返って苦笑をこぼす。随分と薄暗くなった部屋の中で、神崎はさっさと服を脱ぎ捨てている。覚悟が決まったのはなによりだが、脱がす楽しみが減ってしまった。
「俺が脱がしてやりたかったのに」
 ベッドへと近づきつつ、そのまま気持ちを伝えれば、神埼も同じように苦笑をこぼす。
「すみません」
 言葉は謝罪を告げていたが、本心ではなさそうだった。こちらの気持ちをわかっていて、敢えて自ら脱いだのだろう。今までは脱がす立場にしか立ったことがないだろう彼にしてみれば、脱がされる、なんて行為はそれだけで耐え難いのかもしれない。
 相手も同じ男なのだ。することはあっても、されることなんて、よほど積極的な女性とでも付き合ってなければ、そうそう経験していないだろう。神崎がいままでどんな女性と付き合ってきたのかなんて話は、そういえば聞いたことがなかった。
 基本男ばかりの世界な上、半分近くのメンバーが寮で生活し、遠征だの合宿だのと寝食を共にする機会もやたらと多い。だから下関係の話題に巻き込まれることは多々あるし、避けていたってある程度は吐かされているものだ。
 遠井も、特別そういった話題に興味を持ってはいないが、だからと言って嫌いなわけでもない。自ら聞いて回ったりはしないが、それでもだいたいは耳に入ってくる。
 神崎が童貞だという話は聞いたことがないから、経験はあるのだろう。童貞だなんて話した日には、まず間違いなく、翌日には話題の人となってしまうからだ。けれどそれ以上のことはほとんど知らなかった。
 神崎の性格からして、そういった話題に巻き込まれて逃げ切れるとは思えない。だから知っている人間もいるだろう。広まらないのは、神埼がそういう話題を苦手にするタイプだからだ。そういう話題に興味津々なメンバーたちも、さすがにそれくらいの気は遣う。
 こんなことなら、神崎の恋愛事情にもっと探りを入れておけば良かったと、今更ながらに思う。意識されていると気付いた後も、まさかこんな風に惹かれることになるなんて、カケラも思っていなかったのだから仕方がないけれど。
「ま、積極的なのも、それはそれで歓迎だからいいけどな」
 ニヤリと笑ってやって、遠井も自らの服に手をかける。同じように服を全て脱ぎ捨ててから、隣に立ったままそれを黙って待っていた神崎の腕を取り、揃ってベッドの上へと転がった。
 仕切りなおしのキスでもなく、先ほど中断した胸の先に触れるでもなく、まずは股間に手を伸ばす。
「は、ハルさんっ!?」
 上擦った声が名前を呼んだ。うん、とだけ答えて、握ったモノの形を確かめるようにヤワヤワと揉みこんでやる。先ほどの刺激によってか既に形を変えていたそれは、あっと言う間に硬度を増した。
「ハルさんっっ」
 必死な声が再度名前を呼んだ。さすがに男の握力は違う。縋るように掴まれた肩の痛みに、こぼれるのは苦笑。それを、感じる自分を笑われたと思ったらしい。目にわかるほど、神崎の頬の赤味が増した。
「ま、って」
「もう待たないって言ったろ?」
「で、でもっ」
「どんどん硬くなってる」
「だ、だって、……」
「だって、気持ちイイんだよな?」
 今度は本当に、神崎に対して笑った。覚悟をチラつかせながら、自分から進んで服を脱ぎ捨てたくせに。男なのだから、感じていることは隠しようがない。そんな状態を自ら晒して、なのに握られた程度であっさり狼狽えてみせる。年齢の差によるものは当然あるだろうけれど、そんな慣れないところが益々愛しい。
「可愛いよ」
「嘘っ」
「嘘なもんか」
 元々、神崎は可愛い後輩だった。確かに、姿かたちがという意味ではない。少し吊り気味の瞳は一見きつく感じるし、口数少なく寡黙な態度は時に冷たい男にも見える。間違っても、愛想がいいなんてことは言えない。けれどその実、とても素直で真面目な本質を持っている。
 妹という繋がりがなければ、遠井もその本質に気付くまでにもっと時間を要しただろう。打ち解けてしまえば、軽いジョークにだって笑顔を見せるし、積極的に話題を提供するほうではないけれど、会話が続かないなんて状態にはならない。むしろその真面目さから、一見くだらない話さえ、真剣に耳を傾けてくれる。
 遠井自身がよく構うことと、打ち解けるのが早かったせいもあってか、比較的良く懐かれているとも思う。だから余計に可愛いのだろう。もちろん、それはちゃんと自覚していた。しかしそれを今までは、弟のようだと感じていたのだ。
 いくら可愛い後輩でも相手は男で、本来、遠井の性愛の対象は女性だ。だから当然、性の対象になんて考えたことがなかった。けれどこうして向かい合えば、その姿かたちも愛しく、ぎこちない仕草はいちいち可愛いと思う。
 柔らかで豊かな胸などなくても一向に構わないと思わせるほど、張りのある筋肉や手の中で硬度を増していくわかりやすい快楽の象徴、そして戸惑い気味にこぼれる歓喜の混ざる声に、充分に煽られ興奮が増していく。
「本当に、可愛いよ」
 念を押すように告げて、それからようやく唇を塞いだ。手の中の性器に刺激を送り続ければ、今度はあっさり、堪えきれないとばかりに口を開く。喘ぐ呼吸を遮ってしまうのは可哀想かと思いながらも、ここぞとばかりに舌を伸ばし口腔内を探った。
「ふぅ、んっ、……やぁっ」
 くぐもった声に混じる否定の意思は、取り敢えず無視を決め込んだ。けれどそう長くは続かない。本気で抵抗されれば、力でどうこうできるわけもなかった。
 肩をきつく掴まれ、引き剥がす勢いで押される。さすがの痛みに、遠井は諦めて身を離した。困ったなと思いつつ覗き込んだ瞳は、潤んで揺らめいていたが、それでも嫌悪の色はない。真っ赤になって荒い息を吐き出すその様子に、まさか息継ぎが出来ないとかいうオチじゃあるまいなと思いながら問いかける。
「何が、嫌?」
「何が……って」
「深いキスが? 扱かれるのが? それとも感じることがか? まさか息ができないとか言うなよ?」
 ほぼ一息に浴びせかければ、神崎は考え込むように口を閉ざしてしまった。何が嫌だったのかを、真剣に探しているのかもしれない。
 目の前に居るのは二十歳を超えた大人だけれど、そこらの処女よりよっぽど初心で、自分が押し倒される状況を、カケラだって考えたことがないだろう相手なのだと言うことを、うっかり失念していた。慣れない態度に、可愛いなどと思っているだけではダメなのだ。
 多分きっと、強引に快楽で流し、先に進もうとするこちらの気配に気づいて、驚いたか怖くなったかしたのだろう。
「ゴメンな。ちょっと急ぎすぎたよな」
 返事を待たずに謝罪を告げれば、考え込んでいた神崎は驚いたように目を瞬かせる。
「深いキス、嫌じゃないよな?」
「はい」
 未だ突然の謝罪に戸惑っているようだったけれど、それでもそれには即答された。そんな些細なことでもこみ上げる嬉しさに、笑って再度顔を寄せる。唇は薄く開かれていた。舌で突けば、応じるように舌を伸ばしてくる。口の先で触れ合わせ、絡め合った後、口内に導くように吸い上げた。
「ん、……う、ふぁ」
 甘えを含んだ呼気が漏れ聞こえてくる。柔らかに舌を食んで舐め啜り、開放と同時に引っ込む舌を追いかけ、今度は相手の口腔内へ舌を差し込んだ。
「あ、はぁ……っ、あぁ」
 性急にならないようにと気をつけながら、確かめるようにゆっくりと、その内側を舐めあげて行く。甘い吐息が途切れることはなかった。

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