雷が怖いので30

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 ちゃんと覚悟をしているのに、それでもそんなに迂闊ですかと、ついつい不満が口から落ちる。
「痛いだけのおしおきに怖がって震えた直後に、まだ何でもするって言う気があるってんだから、十分迂闊だろ? 次はもっと酷いことされるって思わないもんかね」
「それは、思いますけど。でも、痛くて怖いの我慢したら、よく我慢できたねって言って、また撫でてくれるんでしょう?」
「だからさ、そうやって少しずつ、お前の痛くて怖い方向の許容範囲も広げていけるんだって、わかってんのか? って話なんだけどな」
 びっくりして目を瞠ったら、ほらやっぱりわかってないと言いたげに、小さなため息を吐かれてしまった。
「お前、元々は男に抱かれたい性癖なんてなかったろ? なのに高額時給に釣られて開発されまくって、俺に抱かれたいとまで思うようになったのは、どうしてだ? お前が迂闊で危機感なく、俺を受け入れちまったからだろうに」
 深い苦笑に胸が痛い。だって彼の言う通りだ。
 迂闊に始めたバイトのせいで、苦しい想いを抱える羽目になった。報われないだろう相手に恋心を抱いてしまった。しかも逃げるのを諦めて、好きという気持ちごと全部差し出して服従してしまえばいいなんて考えてしまったのも、きっと迂闊で危機感が足りないせいなんだろう。
 指摘されるまでもなく、彼との関係に迂闊だったと反省する点はいくつもある。けれどそれらを心の底から悔やんでいるかというと、それはまた別問題だ。
「だったら俺は、自分が迂闊で良かったなって、思います」
「逃げ出したいほど苦しい思いを抱いているのにか?」
「結局逃げ出せてないじゃないですか」
「雷がなけりゃ逃げ切ってたろ」
「雷がなかったら、あなたは別の方法で俺を捕まえに来たんじゃないですかね。迂闊で危機感がない俺から、本音を引き出して逃がさない方法なんて、きっとたくさん持ってますよね」
「そうだな」
「肯定しましたね」
「したな」
「あなたを好きになったと言った俺を引き止めたってことは、俺は、あなたを好きで居ても、いいんですよね……?」
 多分ダメだとは言われない。そうは思ったけれど、やはり緊張で動悸が激しくなる。
「いいよ」
 その返事は、引き寄せられて抱きしめられた腕の中で聞いた。ホッとしながら自分も相手をそっと抱き返す。お湯越しではあっても、直に触れ合う肌が本当に嬉しい。
「良かっ、た……」
 ほろりと零した呟きに、一瞬妙な間が生まれた。
「あの、」
「お前って、今ひとつ欲がないよな」
 どうしましたと聞くより先に、呆れたような困ったような声が吐き出されてくる。
「どういう、意味ですか?」
「まんま言葉通り。そういや最初の頃、いくら稼いで帰るか聞いても、一万って言葉以外聞いたことなかったな」
「それ言ったら、封筒の中身が一万だった事も一度だってないですよね」
「だから聞くのすぐやめたろ。あんまり控えめなこと言われると、過剰に渡したくなるっぽいのは、お前で自覚させられたわ」
「つまりそれって……」
 好きって気持ちに、相手からも何らかくれる気になった。という風に聞こえてしまって、ドキドキが加速する。
「うん。お前は迂闊で危機感無いけど、バカではないんだよな」
「なんです、それ」
「多分当たりだよっつってんの。でもお前が望むだけのものを渡せるわけじゃねーけど」
 生きてきた世界が違いすぎて、恋人にはなれないと思うと言われたけれど、それに落胆する気持ちはなかった。恋人になれなくて苦しいと言った言葉を、ちゃんと拾ってくれただけで嬉しい。
「あと、仕事として抱かれるのが嫌だ、だったよな……バイト、辞めるか?」
「えっ?」
「まぁ時給なんてもう、ほぼ計算しないで適当に気分で金渡してるしな。バイト代じゃなくて、お小遣いって言い換えようか?」
「結局お金は渡されるんですね」
「ないと困るだろ。それとも本気で、俺から金受け取るの止める?」
「止めます」
 即答で言い切ったら、抱きしめてくれていた腕が解かれて肩を掴んだかと思うと、ぐいと押されて体を離される。本気を確かめるように、真っ直ぐにジッと見つめられる。
「必要な生活費、どうするつもりだ?」
「他のバイト、探すつもりですけど」
「じゃあやっぱり金は俺から受け取って。そうだな、月の半分は今まで通りバイトとして。残り半分は、お前に金は渡さない。代わりに、お前がしたいことを優先してやるよ。月二回でも、最近は余裕で八万超えてるだろ?」
「俺が、したいこと……」
 したいことでもしてほしい事でも、エロいことでもエロくないことでも、何かしらあるだろと言われて、むしろたくさんありすぎると思う。
「誕生日の時に着てた服、また、着てください」
「ははっ、あれやっぱ気に入ってたか。じゃあ、お前もあれ着て、またどっか食事に行くか?」
「あ、でも、お尻のプラグは無しで。あなたと食事に集中したい」
「食事の後は?」
「あなたに、抱かれたいです。でもその時は、あなたにも、脱いで欲しい」
「いいね。じゃあお互いに相手の服を脱がそうか」
 今更隠すものもないしこの傷が怖くもないみたいだしと続いたので、大丈夫という気持ちを込めて頷いてみせた。
「他には?」
「俺も、あなたに触りたい。あなたを、俺が、気持ちよくしたい」
「いいけど、バイトの方で口の使い方仕込んでやろうか、みたいな気持ちが湧くぞ、それ」
 忠告はしたからなと続いたので、また暗に迂闊で危機感がないと指摘されているんだろう。
「迂闊でよかった、ってさっき言ったじゃないですか。どうぞ俺の迂闊さを利用して、教えてくださいよ。あなたを気持ちよくする方法も」
 目の前の男ははじめ驚いたように目を瞠ったけれど、すぐにふふっと楽しげな笑いを零す。
「お前はいつまでたっても迂闊で可愛いが、でもそれだけじゃないよな。お前の変わらない迂闊さに、俺はきっとたくさん救われてるよ」
「救われてる……?」
 そうだと頷いて、ゆっくり顔が近づいてくる。ゆっくりだったので、こちらもそっと目を閉じる。
「救われてるんだ、お前に」
 唇が触れる間際に、再度そう囁く小さな声が聞こえて、何をどう救っているのかもわからないのに、心ごと体中が甘く痺れるような感じがした。

続きました→

 
 
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